7月某日、東京ドームの入り口。
「……蒸し暑い」
「この酷暑だからなあ」
諦め気味に酷暑への文句を吐いた君津に、東京が諦めの言葉を吐く。
ぶぶぶと電話が鳴ると相手はさっきチケットを取りに行った名古屋だ。
「はい?」
『僕です、いま鹿島君と合流したんでそっち行きますね』
『東京ドーム意味分かんないなんでこんなに広いの?!』
電話越しにヒステリックに叫んだのは鹿島だ。
「わかった、あと鹿島にはカシスタも大概広いって言っといて」
『あ、はい』
ブチっと電話を切ると「きみつさぁん」「君津、」と疲れ気味の声と少し覇気のある声が並ぶ。
売店で買い込んだビールとつまみの弁当やから揚げを抱えたかずさと広畑だ。
「君津さん、一応これでも私めも本選出場チームなんですけど」
「勝ち進んだら試合するかもしんないだろ」
「まあそうですけど……」
よしよしと軽く宥めてやればちょっとだけ機嫌がよくなったように見える。うん、うちの野球部はやっぱり可愛い。
「君津さん、」
「きみつー!マジでここ広過ぎなんだけど!」
「カシスタと変わんねえだろ、つーか千葉は呼ばなかったのか」
「なんか川鉄は7月がお盆だから西宮とズッキーニで精霊船やバイク作るんだって」
「精霊船って長崎の風習じゃ……つーかきゅうりじゃねえのかよ」
「なんか川重は伝統的にきゅうりで軍艦とか飛行機作って死んだ人に乗って貰うんだってさ」
「神戸川崎ってなんでこうねじが飛んでるんだろうな?ところでお前んとこの野球部は?」
「つばさならかずさくんの後ろに……「呼びました?」
「「「「?!?!?!?!」」」」
背後からぬっと音もなく顔だけ鹿の人間がかずさの後ろから出てくるのはちょっとしたホラーだ。
他の面々がビビるなか、鹿島だけが当然のツラしてる辺りが慣れを感じる。いや、つばさはいつも無言でぬっと出てくるけどな。
「つばさ、アントンちゃんと送ったね?」
「もちろんですよ」
ジャニ系きらきら男子にニコニコと応える鹿人間というシュールな光景は、鹿島製鉄所ではおなじみの光景であるが東京ドームだと違和感がすごい。
「……君津、アントンって誰?」
広畑さんがぽつりと耳打ちをしてくる。
「Jリーグの鹿島アントラーズですよ、あいつ鹿島の眷属なんで」
「へえ」
時々顔を合わせる旧住金組が全力で溺愛する鹿の角を持つクールで真面目な男のことを思い出す。
今でこそ全社あげて応援しているが、元々は此花が面倒を見ていたとかで今でも旧住金組はアントラーズにめっぽう甘い。
「とりあえず僕はここで失礼しますね。鹿島さん、今年こそ黒獅子旗を鹿島に持ち帰りますからね!」
「持ち帰るのは私めですからねー」
「かずさくんはまず僕の成績超えてからにしてくださいねー」
つばさのナチュラルに喧嘩を売りつつその場を去ったその後ろ姿を、かずさが納得いかない顔で眺めている。
「……君津さん、あの顔だけ鹿男が直轄なの非常に納得いかないんですが」
「そりゃーうちのつばさは北関東の社会人野球三強の一角だもの」
「とりあえず中入りましょうよ、ね?それに本線出れただけ十分ですよ……レックス君いないのに……」
「……うちのも本選出れなかったし」
取りなしてくる名古屋と広畑のコメントがさらりと自虐になっているのがなんか申し訳ない。
「それもそうか。名古屋、席案内してくれるか?あたし東京ドームあんま詳しくないんだ」
「え、でも東京さんプロ野球好きですよね?」
「神宮球場は目ぇ瞑ってても歩けるんだけどね」
「名古屋、東京は根っからのヤクルトと中日ファンだ」
「あー……まあ僕もそんなに詳しくないですけどね」
チケットを取りに行っていた名古屋を先頭に東京ドームへ入場していく。
仕事のない休日、気の合う仲間とビール片手に野球観戦ってのは悪いもんじゃない。
「♪Take me out to the ball game,Take me out with the crowd;~」
横に立っていたかずさの口から小さくハミングが漏れる。
「東京ドームにはクラッカージャックが無いのが残念だな」
さあ、楽しいボールゲームのお時間だ。