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コーギーとお昼寝

市町村・鉄道・企業・スポーツチーム擬人化よみものサイト、オンラインブクマはご遠慮ください。

スイカの話

「暑い!!!!!!」
和歌山が叫びながら帰ってきたので「おかえり」と声をかけてやる。
「ただいま、外めっちゃ暑い!」
「さっき天気予報見たら35度って書いてあったもんな」
「あと鹿島が『暑過ぎて頭おかしくなる!』って岸壁から海に飛び込んだって話も聞いた」
「何やってんだよ……あ、そういやスイカあるぞ」
「やった、スイカ食べる!」
荷物の片付けもそこそこに冷蔵庫を開けると、4分の1カットにされたスイカと塩の瓶を手に食卓に着く。
「海南も食べる?」
「俺はいいよ、さっき昼飯食ったばかりだし」
和歌山がスイカに塩を一振り二振り、と思いきやまだ塩をかけてくる。
「……多くね?塩」
「あー、コレね。昔小倉に『スイカの塩は多めに振ったほうが美味い!』って言われてから多めに振るようにしてるんだよね。塩分補給にもなるし」
和歌山にとって小倉は高炉のいろはを教えてくれた師匠のようなもので、折に触れて小倉との思い出を話の中に出してくる。
「高血圧んなるぞ」
「俺ら人間じゃないし、高炉で仕事した後だからセーフ!」
そんなこと言いつつスイカにかぶりつく和歌山を、やれやれという心地で見守る。
「本当こんなに暑いと洒落にならないよね」
「外出るだけでも命懸けだもんな」
そんなくだらない話をしながら涼しい部屋で、今日も暮らしている。


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海南と和歌山。暑いですね。

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1年は走る如く

「この一年でずいぶん良くなりましたね」
モンバレーは「八幡さんや日本の皆さんのお陰ですよ」と朗らかに返す。
USスチール合併から1年、状況は随分と良くなったように思う。
「まあそもそも90年前の設備を普通の顔して使ってたあなた方が異常だと思うんですけどね」
「そこは色々あったんですよ……」
モンバレーが視線をそらし気味にしつつそんな事を言う。
「まあ、やる事が多くて退屈しないとも言えますけどね」
実際うちの社員たちが改善点を洗い出して、改善していくとそれだけで経営は改善し始めた。
無論この状態が永続的に続くかは不明だがこの改善された数字への期待感はあった。
「日本の人と同じこと言いますね」
「事実ですよ。頼みますから投資した分はちゃんと出してくださいね?」
「そりゃそうじゃないですか、行き止まりで死にかけてたのを救って貰った恩ぐらいはちゃんと理解してますから」
モンバレーは年齢で言えば私より少し上くらいになるだけあり、現実が見えていると思う。
自力で立て直せない状況にあった自分を拾った理由がこのアメリカ国内の内需であることをちゃんと知っている。
「ならいいです。ぼちぼち日本帰りますかね」
「空港まで送りましょうか?」
「平気です、ちょっと散歩しながら帰りますよ」
そんな話を終えて、モンバレーの街を歩く。
21世紀初頭から現在に至るまで鉄の都であり続けたこの街は、学術都市だけあって穏やかではある。
しかしモンバレーに言わせればこれでも随分静かになったのだという。
(まあそう言う意味では地元とそんなに相違ないんですよね)
この街の景気も私の方に懸かってる、と言われるとそれはそれで重く感じてしまう。
ポケットに入れてあったスマホがバイブを鳴らす。釜石からのLINEだった。
『いつ帰国する?』
『明日の朝には東京に戻ります』
『じゃあ明日の昼、本社に顔出せるか?一緒に飯食おう』
そんな連絡に頬が緩む。
日米を行き来する生活は厳しいけれど、帰りを待ってくれる人が居るというのは嬉しいものだ。
ここからは10時間以上の飛行機の旅。
帰りの楽しみが一つ増えたことに穏やかな気持ちになりながら、空港行きの路面電車を探して歩くのだった。

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八幡とモンバレー。もうあの合併から一年なんですねえ……。

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どこまでも遠く青い

今日は午前中で仕事が終わったので、昼食後の腹ごなしも兼ねて海へ行こうと思った。
いつもの海が見える岸壁は冬の終わりの青い空と海が果てしなく伸びている。
「おう、シーウェイブスか」
同じように岸壁にいたのはシーウェイブスだ。
「ああ、こんにちわ」
「お前さんも海を見に来たんか?」
「……3月11日ですからね」
一瞬の逡巡ののちにそう口にしたシーウェイブスは、きっと同じ理由でここに来たのだろう。
海は美しく、豊かで、そして何よりも恐ろしい。
今日という日付はそれをこの街の人間に思い出させる日でもある。
「良い物も悪いものも、美味しいものもきついもんも、全部この海が与えてくれてる」
海の街で百何十年と生きてきたので、海にはいい思い出も悪い思い出も数えきれないほどある。
けれど不思議と海を憎むことは出来なくて、やはりこうして見ると美しいと思うのだ。
「海の向こうから来る客人もたくさんいますしね」
高炉があった頃は海から船で運んできたことを、今でも船で製品を運び出す風景を、シーウェイブスはまだ覚えているのだろう。
「だな」
遠くから黙祷を促す声が響くと海に向かってそっと手を合わせる。
この海のどこかにいるはずの自分やシーウェイブスを愛してくれたすべての人々の鎮魂を祈りながら。
この海と共に生きる人々のこれからの幸福を祈りながら。



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釜石さんとシーウェイブスさん。
東日本大震災から15年です

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きみと太陽系デスコ

優勝が決まった瞬間のあの空気が泡立つ瞬間は、何度体験しても新鮮な喜びに満ちている。
『鹿島アントラーズ、9年ぶり9回目の優勝です!』
スタジアムDJのひと言で冬のスタジアムに歓声が響き渡る。
芝の上の選手たちも優勝の喜びを分かち合うハグを交わしあい、周囲のサポーターたちも「おめでとう!」「ありがとう!」と声を上げていく。
そんな選手たちの輪から一歩離れた場所にアントラーズの姿があった。
遠くにいたはずのアントラーズと視線がかち合い、嬉し涙を抑えながらニッと笑う。
(俺が手放したあの子が、嬉し涙をしてる……!)
八幡というか上の人達の都合で手放した俺のいとし子は5年間、この街で血反吐を吐く努力の果てに再びシャーレを手にした。
もうアントラーズを俺の子は呼べないかもしれないけれどそれでもあの子は俺のいとし子で、鹿島砂丘に輝く一番星だ。

「アントラーズ!、大好きだよ!」

だから俺は精一杯きみへの愛を叫ぼう。
俺のいとし子、鹿島の一番星。大好きな、俺のアントラーズへの愛を!!!


鹿島アントラーズ、J1優勝おめでとうございます!

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今夜はきみの声で

『今夜は釜石と喋りながら寝ます』
八幡が突然よく分からない電話を寄こしてきたのでは?と思わず聞き返した。
『去年はアメリカで直接会えずに終わったので今年こそは!と思ってたら室蘭のアレの対応でそっちに行けずじまいで終わったので今日は釜石の声を聴いていたいです』
「お疲れさん」
室蘭の火事には心が痛むものがあった。
見舞いのメールは送ったが、返事はまだ来ていない。たぶん向こうもバタバタしてるのだろう。
『と言う訳で今日は釜石の声を聴いて寝落ちしたいので、最近の話聞きたいです』
「お前ほぼ毎日連絡寄越してるんだから把握しとるじゃろ」
『じゃあなんか寝物語になりそうなものでも朗読してくださいよ』
「無茶言うなあ……」
仮にも今日は鉄の記念日・わしの誕生日だというのに、これじゃあどっちが祝われる側なのか分からない。
けれど今日の八幡の苦労を想像することは容易だ。
(まあ、それでも甘やかしてしまうんだよなあ)
だって八幡がそんな甘え方をしてくるのは自分しかいないのだ。
(子守歌でも歌ってやるか)
ふいに口をついて来たのは宮沢賢治の星巡りの歌だ。
窓の外の夜空は室蘭や東京にも繋がっていく。だからきっとこの歌なのだろう。
そうして一通り歌い切ってやれば電話越しの呼吸は寝息に代わっている。
「お疲れさま、今日はゆっくり寝ろよ」
ちょっと自分を好きすぎるきらいのある可愛い後輩の、健やかな眠りを祈って電話を切った。

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釜石と八幡と鉄の記念日。

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