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扇島に高炉が出来た時、自分は第一線を退こうと決めた。
新しい時代が始まるのならば自分よりも扇島の方が相応しい、そう感じたからだ。
それとは別に明治の世から長らく走り続けてきてほんの少しゆっくりしたい気分になったと言うのもある。
「と言うわけで、頼んだぞ」
扇島はこくりと小さく頷いた。
***
そもそも渡田にとって扇島は小さい頃から知る存在だった。
まだ未熟な存在であった渡田と、その沖合に位置する無人島の中に在る不可視存在を渡田は長らく認知しながらも深い付き合いはなかった。
しかし戦後、製鉄所規模拡大に伴い沖合の無人島が製鉄所の敷地として活用されることになると扇島は自然と育った。 要するに土地としての扇島が変化するに伴い不可視存在であり続ける事が不可能となり、渡田や水江と同じように肉体が求められ扇島という娘の肉体が構成された。
そうして肉体を得た扇島は健やかに育ち、自らの持っていたものを譲り渡すに相応しい存在へと育った。
時代は変わった。
戦争は終わり、大日本帝国は滅んで天皇は人間になった。新しい時代には新しい顔があるべきだ。
「わざわざ変わる必要あります?」
そう言い放ったのは八幡だ。
「お前さんみたいに生まれた時から棟梁やらなきゃならん立場とは違うんでな」
「人様の決めたことに文句は言いませんけどね、扇島が代表役になるならそのうち神戸や葺合との顔合わせも要りますね」
「だな、タイミングは任せるが、あの子には優しくしてやってくれな?」
扇島にはこれまで抱えていた仕事を少しづつ引き継いでいるが、引き継ぎが終われば官営生まれ特有の威圧感のある八幡や世渡りの上手い神戸と対等に渡り合わなければならない。
せいぜいこれぐらいは言っておかないとあの子が可哀想だ。
「……自分が勝ち取ったものを若いのに引き継がせるのって、勿体無い気がしたりしないんですか?」
八幡はそんなことを口にする。
自分たちももう100年近く生きた、人間であればもうとっくの昔に墓へ入っている年頃になり多少なりとも考える事ではある。
「勿体無さなんか無い。扇島は良い子だ、これまでの全部を引き継がせるに値する」
「そう言うものなんですかねえ」
「八幡は全部自分でやって来たクチだからな、馴染みが無いだけだろう」
いまいち理解し難いと言う顔で八幡がこちらを見るので「いずれそう言う日も来るんじゃないか?」と軽く答えた。
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渡田と扇島と八幡、だいたい1968年から1976年代辺りのどこかの一幕。
スマホのメモ帳に眠ってたので書き足してアップしてます。
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