*「いばらきなひとたち」における死生観とかそういうお話。
とある夕暮れ、結城の家には野菜を蒸すいい匂いが漂っていた。
『いい野菜とお肉を頂いたのですが、あなた以外周りが忙しいらしいので家に来てください』
それは少しばかり乱暴な夕食の誘いだった。
「というかなんで俺なんだよ・・・・・・」
巡る先は「 」へと帰結する「結城ぃ?」
「やっと来ましたか、今水戸線に鍋の番をさせていますから早く来ちゃいなさい。」
物言いの上から目線にぶん殴りたい気持ちはあった。
だけれどこの無縁社会のこの時代に珍しい夕飯の誘いは正直魅惑的だった。
自分たち市町村は、行政の状態と生活が直結する。
だから治安が悪ければ体が痛むし、収入が低いと食事も悪くなる。
基本的には普通の一般庶民と同じ生活をしている。
なので食事の誘いは当然のように受け入れた。
食事をする大広間にいたのは、水戸線と見慣れない子どもで。
「しもだてさん?」
「・・・・・・誰だこいつ」
「筑西市、と聞いているが」
目の前にいる子どもが自分の後を継ぐ『筑西市』だと言う言葉を、受け入れがたい気持ちで見ていた。
* *
「結城、どういうことだよ」
「おととい笠間から連絡を受けましてね、桜川が見つけたそうです。二人の前で筑西とはっきり名乗ったそうですよ」
ちらりと子どもを睨むと自分と顔立ちが似ているなと思った。
そう言えば桜川と真壁は丸っこい雰囲気が似ているし、ひたちなかは体つきが勝田に似てる。
箸を握りこむ癖は昔の自分そのものだ。
「・・・・・・俺も現役引退の時が来たって訳か」
「そう言う事ですよ、合併してしばらく経ちますからね。常総なんかだいぶ立派になったでしょう?不思議だといつも思うんですがね」
桜川と同じ時期に誕生した新市の名前を挙げると、ぐっさりと来た。
いずれこんな風に世代交代するときは来ると分かっていたのだが、来てしまえばしまったで動揺する。
「ところで、引退ってルールあるのか」
「私の知る限りは無いですよ、あと筑西も春菊も残さず食べなさい」
「はあい・・・・・」
勝手に鍋に残っていた春菊を菜ばしで受け皿にのっけていく。
そういえばちゃんこ鍋のような和風の鍋が好きな結城には珍しく、今日はトマト鍋という辺りは自分か筑西に配慮したかのようだった。
しかしいい食いっぷりの子どもにため息すら出る。
「母親かアンタは」
「市町村に親も何も無いですよ、まったく見事なロマンチストに育って・・・・・喜んで良いのか悲しむべきなのか」
「ふうん・・・・・というか誰がロマンチストだ」
とりあえず結城の言葉には反論することにした。
というか変態ストーカーにロマンチストと文句を言われるような輩になった記憶は無い。
「でも、世代交代の伝統はありますよ。」
「なに?」
「まず跡継ぎを近隣に預けて失踪するパターンですね、二つ目は3年ほどともに過ごして失踪するパターン。どっちにせよ最後は失踪します」
「暗い伝統だな」
そう言えば真壁も桜川を笠間に預けて失踪したし、勝田もひたちなかを預けて消えた。
まあ子ども一人じゃ大変だろうという親心みたいなものなんだろう。
「二つ目のパターンの方が正直きついですよ、山川が失踪したときは痛手でしたし」
「そもそも失踪しないっていうパターンは無いのか」
「・・・・・・麻生がなくなったときは失踪しないで行方が看取ったはずですよ。行方に聞いて見ないと分かりませんが」
「新治県の時代かよ」
「それぐらいしか私は覚えてません、失踪するのはきっと消滅までの猶予を楽しみたい気持ちなんでしょう。もしくは看取らせるのが怖いか。」
親と言う生き物は子どもに看取ってもらうのが怖いのか、それとも自由が欲しいのか。
どっちにせよ両極端な気がする。
「ところで、筑西は私の方で預かります?」
「・・・・・・いい、自分の手元に置いとく。」
「そっちの方がきついとは思うんですがね、まあそうしましょう」
その日の夜、筑西を連れて帰ると「よろくしおねがいします」と柔らかな笑顔で告げた。
筑西がやっと出てきました、下館ろくに書いてないのにもう世代交代とか・・・・・。つくづく運の無い星の元に生まれたと思います。
あと擬人化における「失踪」は消滅の前のモラトリアムという設定であることも一度触れておきたかったので、書いておきました。
名前の消滅=彼らの死ではなく意識からの消滅=彼らの死という定義であることに一度も触れていないので書きました。
行方は唯一現存市町村の中で「彼らの死」を見届けているという設定、見届けていそうなのはあと石岡ぐらいだろうか。