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コーギーとお昼寝

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もしもは幾らも言えるだろう

「ああ、今日はあの玉音放送の日でしたか」
八幡さんはポツリとカレンダーを見て呟いた。
いつもこの人は終戦記念日を『あの玉音放送の日』と呼ぶ。
終戦・敗戦と呼ばないのはこのひとの持つささやかな抵抗であることを、私は知っている。
「そうですよ、この頃はバタついててすっかり忘れていましたが」
「仕事による多忙はいいですけど病気だ不景気だのによる多忙はろくなもんじゃないですね」
冷たい麦茶を飲みながら酷暑で火照る体を冷まし、壁に架けられたカレンダーを見ながら私たちはしばし黙した。
私たちはあの焼け跡になったこの町の景色をを覚えている、そしてそこから立ち直った人々のこともはっきり覚えている。
今はもう記憶する者も少なくなった日々の記憶は薄まる事なく残されている。
「もしも、もしもですよ?もう少し耐え忍ぶ事が出来たのなら私たちは屈辱もなく生き延びられたと思いませんか」
「……それ、いつもおっしゃいますよね」
「そうでなければ私のあの努力の日々どころか、釜石や室蘭の負った傷までも無意味だった事になるじゃありませんか」
現代的倫理観に照らせばアウトな発言だが、どうせ私以外に聞く者のない言葉だ。私の胸の内にしまい込めばいい。
「でも、もうあれから70年以上過ぎたんですよ」
「許せと?」
「もう時効です、あの日々に関わった人はほとんど死んだんです」
私たちにとっての70年と人間にとっての70年には雲泥の差がある。
その事実から逃げるように八幡さんは恨み言を吐く。当事者を密かに呪う。
私は八幡さんの怒りと呪いを永遠に鎮める事が出来ないと分かっているので、ただその言葉を受け止めるのみなのだ。



ーーーー
戸畑と八幡の終戦記念日。

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