#企業擬人化深夜の真剣お絵描き60分一本勝負参加作品。
テーマは「食欲の秋」でした
『秋刀魚をたくさん頂いたのできょう時間が空いてたら食べに来ませんか』
仕事上の年上の相棒からのそんなお誘いにちょっとだけ心が浮かれる。
ちょうど旬を迎える秋刀魚もさることながら、年上の綺麗なお姉さまからの食事のお誘いである。浮かれない男がどこにいる?いや、いない。
ピンポン連打と「ちーばー!」という良く通る明るい声。
間違いない、また利根川を越えてあの傍若無人な住金の末っ子が遊びに来たのだ。
「はいはい何ですかーっと」
ドアを開けると段ボールを抱えたアイドル顔負けの金髪碧眼の美青年。
「お裾分け!」
はい持ってと押し付けられたそれを受け取ると「あと、君津からのお裾分けも入ってるからよろしく」とだけ言ってさっさと帰っていく。
相変わらず好きに生きてる子供である。まあいつもの事なんだけど。
とりあえず貰った段ボールを食卓で開けると、美味しそうな栗と20センチほどのほうろう鍋が一つ。
たぶんこの鍋の方が君津からのお裾分けなんだろう。
栗のほうはメモによると既に茹でてあるものらしい、見慣れない文字だから鹿島に栗をあげた人の字だろう。
ふと先ほどのメールの返信を忘れていたことを思い出してぽちぽちと返信をする。
『今夜でよければ、俺もちょっと貰い物したのでそれ持って行きますね』
『わかりました』
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横浜と言う土地はずいぶんと広いな、と俺は彼女の元を訪ねるたびにいつも思う。
俺も彼女と一緒に仕事するようになるまでは横浜と言えばみなとみらいだとか中華街のイメージが強かったのだけれど、この工業都市・鶴見も行政区分上は横浜市になるそうで初めて西宮とここへ来たときは随分とイメージと違うものだと感じた覚えがある。
「ごめんくださーい」
アパートのような社員寮の戸を叩くと、話を聞いていたらしい管理人さんが戸を開けてくれる。
曰く、彼女は小食堂で俺を待ってくれているという事なのでそこへ早速急行することにする。
戸を開けると風に乗って秋刀魚の焼ける匂いがした。
小食堂に面した中庭に七輪を置いて秋刀魚を焼いているのだ。
荷物をテーブルに置いて彼女の傍らにしゃがみ込むと、随分と真剣な面持ちで焼いていることに気付く。
「秋刀魚の焼け具合、どうですか?」
驚いたようにこっちを見たので俺が来たことに気付いてなかったのだろう。
少しばかり慌てた後、指先で地面に『まあまあですかね』と字を書いた。
秋刀魚をひっくり返すといい焼き目がついている。
「あと10分ぐらいかな」
そう問いかけるとこくりと彼女が頷くので、俺の方も準備をしよう。
「台所少しお借りしますね」
まずは君津から貰ったほうろう鍋を火にかける。
そして鹿島が持って来た栗は、土鍋で栗ご飯にしてある。
ネットでレシピを調べて作ってみたけれど味も悪くなかった。思ったより少ない気もするけれどこの土鍋一人~二人用だからしょうがない。
これはお茶碗によそってレンジで温めることにする。
それと西宮が思い出したように送ってきた糠漬けのきゅうりとカブを洗って小皿に盛ることにする。
ふいに横からふわりと匂いが漂ってくる。
気付くと京浜さんが俺の横で鍋を開けていたのだ。
「美味しそうでしょ?」
彼女はこくりと頷く。
レンジがぴーっと音を立ててくる。
彼女の手には長皿がふたつ。
「そろそろ食べましょうか」
食卓の上には焼きたての秋刀魚に、糠漬け、栗ご飯、そして。
『このお味噌汁なんですか?』
彼女が小さなホワイトボードにそう書きつけて俺に見せてくる。
「君津が作ってよこしてきたとん汁です」
『これ、さつまいもはいってません?』
「あー……そう言う事か」
君津は生まれも育ちも千葉なのだが、操業時に八幡の人員を君津に移したせいなのか九州の味が時折恋しくなるとか言って時折麦みそや九州の甘い醤油を取り寄せることがあった。
そして九州、特に鹿児島辺りではみそ汁にさつまいもを入れる。
つまりこれは君津の作った九州風のとん汁だ。
「これ、君津の作った九州風のとん汁です。ちょっと甘いんで好き嫌い別れるかも……」
関西文化の影響を受けて育った鹿島は九州の甘い味噌や醤油がどうも嫌いらしく、以前三人で君津の家で飲んだ時に麦みその味噌汁を飲んで吐きそうな顔をして以来絶対に飲もうとしない。
『大丈夫です、チャレンジしてみます』
彼女がそう書きつけるので、俺はちょっとだけ安心する。
「じゃ、いただきます」