『今年のバレンタインチョコ、届いたかしら?』
「届いたから電話してるんだよ」
『あらそう』
小さな箱には手作りのチョコレートケーキが2切れとホットチョコレートスプーン(金属製のスプーンの先にチョコレートがついている奴だ)が1つ。
神戸からのバレンタインプレゼントである。
「にしても2切れって他の奴にも配ったのかい?」
『もちろんよ、6号サイズで3ホールも焼いたのよ』
「……にしても神戸が料理って全然イメージ無いよねえ」
『随分な言い草ね、一度あなたに教えたじゃない。トルタ・カプレーゼの焼き方』
神戸は今は仕事のほとんどを加古川に譲っており(代表権だけは移していないようだが)生活においても加古川の方が何かと神戸の世話を焼いている印象があるが、言われて思い出した。
それはまだ、西宮と葺合が阪神製造所と呼ばれて一緒に暮らしていた頃の話だ。
「葺合にバレンタインのチョコを贈りたいと思うんだけど」
神戸の家でのいつものお茶会の最中、西宮が少し前からはやり始めたイベント名をあげると、神戸が「いいわね」とほほ笑んだ。
「バレンタインねえ……別に無理に流行に乗らなくても良いんじゃない?」
「別にそう言うんじゃなくて私がやってみたいなあって思っただけで!」
どこか慌てたように早口で色々と口走るけれど、要は年度末で忙しい時期ではあるものの大好きな葺合と恋人らしいことが出来たらという新婚らしい願望であった。
「まあ西宮がやりたいならやればいいよ」
「此花、あなた西宮の夫みたいなこと言うわね……」
「素直な感想口走っただけだよ」
神戸がチョコレートタルトの作り方を教えると言い出してそのまま台所へと連れて行かれ、ついでに加古川も参戦してのお菓子教室が始まったのである。
「イタリアのカプリ島って知ってる?」
「名前くらいはいちおう知ってるけど……なんで?」
「その島のお菓子でトルタ・カプレーゼって言うのがあってね、それがすごく美味しくて簡単なのよ。少し前に三宮のイタリアンで食べたんだけれど、すごく美味しかったからお店の人にレシピを聞いて最近よく作ってるのよ」
確認の目線を加古川に向けるとこくりと深く頷いた。
少しげんなりしてるようなのでもしかしたら、神戸と一緒にずっと一緒に食べているのかもしれない。少しだけ加古川には同情した。
西宮の方はグルメな神戸がお気に入りという時点で興味が惹かれるらしく、さっそく適当なチラシの裏紙とペンを準備して作る気満々だ。
嬉々として作り方を説明する神戸とそれを興味津々で記録する西宮に、私と加古川は少しのため息を漏らした。
「……姉さん、一度ハマるとずっとそれを作り続けるんですよね」
「なんか分かる気がする」
「最近トルタ・カプレーゼが常備されてることが多くて正直しばらくチョコレートケーキは要らない気分なんですよね」
「まあ本人たちが楽しそうだと止められないしなあ」
「そうなんですよね」
きゃっきゃと言いながらアーモンドとチョコレートで作るトルタ・カプレーゼを焼き上げ、後日葺合がバレンタインとは何ぞやと私に聞いてきたんだったか。
そして、現在。
「……まさかこれトルタ・カプレーゼ?!」
『今年は普通のチョコレートケーキよ、加古川の希望でね』
「そうかい、まあいいや。神戸、happy St. Valentine's Day!」
『Same to you!(あなたもね!)』
神戸と此花と西宮のバレンタイン話。
関西女子トリオにはキャッキャして欲しさある