「西宮、このノートなあに?」
久しぶりに神戸に来た水島が見つけてきたのは古い一冊のノートだった。
記名のないそのノートをぱらりと捲ってみれば万年筆で書かれた硬質な葺合の字で、女性の髪形についてまとめられていた。
「ああ……これ、葺合が私のためにまとめてくれたノートよ」
「西宮って髪の毛ずっと短くしてなかった?」
「そうだけど葺合が『女の短髪は子どもっぽいから好かん』って言って神戸や此花に髪結いの仕方を教えて貰って長かった時期があったのよ、短くしたのはこの20年くらい」
「そうだっけ?」
「水島が覚えてないだけ」
簡単なかんざしを使った結い方やみつあみの仕方をまとめてあり、今ではとんと見なくなったマガレイトやリボンの結び方までまとめられている。
そう言えば水島はずっと短髪で通してきているから一度も髪を結ってあげた覚えがないなと思う。
「ねえ、これ借りて良い?」
「別にいいけどどうして?」
「福山の髪結んであげたいなって」
「そう言えば福山はわりと髪の毛長めよね、どの程度使えるか分からないけど使って」
ノートを受け取ればうれしそうに福山に似合う髪型を探し始めるので、葺合の遺産が受け継がれるささやかな喜びでちいさく微笑みがこぼれ落ちた。
西宮と水島。
葺合はたぶん女の短髪=おかっぱなんだお思います