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コーギーとお昼寝

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お疲れさまとオニオンスープ

久しぶりの自宅は埃っぽい空気に満ちていた。
スーツから部屋着のジャージに着替え、窓を開けると冷たい夜の風が吹き込む。
一足飛びに冬に突き進んでいくせいで具合を悪くさせる人もいてつくづくげんなりする。
(……最近は何もかもの動きが早くて嫌になりますね)
タバコの火をつけるといつもの煙がふわりと漂って風に流れて消えていく。
この後どうしようかと夜空を見上げて考える。
そういえば空港で食べるつもりだった夕飯をまだ食べていなかった事を思い出した。
この時間だとすでに寝てるだろう戸畑をこき使うのは些か忍びない、小倉を叩き起こしてもいいが余計な喧嘩を売るのもおっくうだ。
買い出しに行くのも面倒だし冷凍庫に何かあっただろうかと開けてみると、冷凍のスープセットが出てきた。
いつ買ったのかは覚えてないが少なくとも期限は切れていない。
レンジに入れてスープを解凍し、買い置きしてあるくろがね堅パンを軽く砕いて食べやすくする。
この家で過ごす時間はそう多くないので日持ちするものしか置かないようにしているが、しばらくはこちらで過ごせそうなので明日買い出しに行ってもいい。
チンとレンジが音を鳴らせば熱々のスープが出来上がると同時に煙草を消す。
大きめのマグカップにスープを注いで砕いた堅パンをざらざらと流し入れる。
スープを一口すすれば玉ねぎの甘みがしてホッとする。
窓の外には己が育ち、育てた北九州・八幡の夜。
ここはやはり自分の街なのだと思えば思うほど、誰にもここを傷つけさせまいという思いがじわりと胸に染みていった。



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八幡さんの夜食

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不安と向き合うクッキーモンスター

八幡が宝山を特許侵害で訴えるという。
そんなニュースを聞いた時、何となく教え子だった宝山の事が心配になった。
新日鉄が技術供与して生まれた宝山の世話を俺に命じたのは八幡だし、宝山も俺にはよく懐いてくれた。
何というか、長男と末弟の喧嘩に巻き込まれて居場所がない次男のような、そんな言葉にしがたい居心地の悪さがぼんやりと胸の奥に渦巻いた。
スマホを手に取ってLINEを立ち上げる。
宝山の胸の内を聞いてみたいような、かえって火に油を注ぐのではないか、とぐるぐるした気持ちで言葉をまとめられず結局スマホを伏せた。
(……なんか違うことするか)
しかしこういう時に限ってやることが無いのが困りものだ。
とりあえず無心になれる事で検索をかけると料理-特にクッキーづくり-が良い、というので作ってみる事にした。
そういや卵と無塩バターがない。まずそれを買いに行くところからか。

―数分後
とりあえず無塩バターと卵、ついでに味付けに使えそうな奴とちょうど切らしてた牛乳を買ってきた。
レシピはネットで探したものを参考にする。
とにかくレシピ通りに材料を延々と混ぜているとそれだけに集中できる感じがして、少し気分が落ち着いてくる。
基本のクッキー生地ができた。3つに分けて味付けを変える。
まずはチョコチップ。どれくらい入れればいいのか分からず目分量でクッキー生地に練りこむと多すぎて苦笑いが出た。
(……まあ生地の状態で凍らせれば日持ちするらしいし、なんとかなるか)
次は抹茶。混ぜていくうちにじわじわと生地が緑に染まっていくのが面白い。粘土細工に似た感触を楽しみながらしっかりと混ぜ込む。
あとはそのままの味にしておこう。
これらをラップで巻いて休ませ、落ち着いた後に焼くらしい。
小麦粉とバターが切れるまで延々とクッキー生地を作っていくと気持ちが落ち着くような気がする。
2度目の生地作りでチョコチップを使い切ると、3度目の生地作りではほうじ茶の茶葉で味付けした。紅茶を切らしているので仕方ない。
バターと卵が切れた頃には100人前ぐらいはあるのでは?というほどのクッキー生地が生まれている。
「……無心にはなれたけどこんなに要らねえな?」
まあ焼いて従業員関連会社等々の人の胃袋に収めて貰えばよかろう。
試しに一つ焼いてみる事にしよう。
ぼちぼちお休みも終わらせていいだろうクッキー生地を取り出して、ナイフで5ミリほどにスライスする。とりあえず各味3枚もあればいいか。
残りは冷凍庫に戻し、オーブンで焼いてみる。
オーブンの中でクッキーが焼けるのを待っていると置いてあったスマホが音を立てた。
『君津老師、お元気ですか?』
「宝山……」
電話の相手は懸案事項の宝山だった。
このところずっと多忙にしてる宝山だ、仕事の隙間を縫ってわざわざ電話してきたのだろうか?
『私のために悩んでた声ですね』
「……多少はな」
『見た目の割に優し~い人ですからね、君津老師は』
「俺の見た目の事は別にいいだろ、八幡が急になんか言いだしてびっくりしたろ?」
『本当ですよ、吃驚しすぎてアイヤーのあの字も出てきませんでしたし!まあ私売られた喧嘩は買う人なのでね!気にしなくていいですよ!』
「買うのか」
『もちろんですよ。でも悪いのは八幡さんであって君津さんじゃないです』
「そうか」
オーブンから焼けた香ばしい匂いがして、残り1分もしないうちに完成する。
「色々落ち着いたらまた遊びに来いよ」
『はい』
オーブンがチンと音を立てたのでまた今度と電話を切る。
もう少しクッキーを練習したら、中国茶に合う味を考えよう。
何があろうとも宝山は可愛い弟子だから。



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君津と宝山。

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モンブランを手土産に

「ただ今戻りましたー」
家に帰るとリビングのソファーにはすうすうと寝息を立てる姐さんがいた。
仕事疲れがあったのだろうと察して起こすのは止めておく。ブランケットはー……まだかけるほど寒くないし大丈夫だろう。
遅めのティータイムにしようと棚からティーセットを引っ張り出してお茶を淹れる。
お湯を沸かす間に茶葉の在庫を見て何にするかと思案してみるが、秋摘みのダージリンが残り少ないので飲み切ってしまおう。
お湯を入れて抽出されるまで待っていると後ろから「あら、」という声がする。
「姐さん起きはりましたか」
「紅茶の匂いでね、今何時?」
「6時前ですね」
「昼寝しすぎたわね、スマホのタイマー入れてたのに」
「モンブラン買うてきたんですけど食べません?」
お土産に買ってモンブランの箱を指させば「夕食の後に貰うわ」と姐さんは言う。
おやつには遅い時間なのでその判断も仕方がない。
「加古川さんまだ居るかもと思って三つ買うてきたんですけどね」
「昼過ぎに帰ったわ、今日は一日あいさつ回りだったんでしょ?」
「午前中スポンサーにあいさつ回りして、午後は平尾さんに手ぇ合して後輩連中の様子見てきましたわ」
このプレシーズンマッチの時期に挨拶に行くのは20年来の習慣で、それは現在は形を変えて続けている。
「元気にしてた?」
「ええ、普段あんまり話す機会もないですけど神戸の後輩の様子気にするんは自由ですからね」
色々あって神戸に拠点を置く後輩たちの様子を遠目に見るだけではあったが元気に越したことはない。
「紅茶ストレートで大丈夫です?」「ええ」
ストレートティーが二杯食卓に並び、俺だけがモンブランをかじる。
「そういえば今度釜石のところ行くのよね?」
「ええ、せやけどあれチケット岩手県内限定やから姐さん見に来るの無理ですよ?」
「そもそも当日仕事だから最初からオンライン観戦よ。お茶の棚に未開封のあったでしょう?あれお土産に持っていってあげなさい」
言われみれば未開封のティーパック紅茶があった気がする。
普段家ではパック入りのを好まないが仕事場ではたびたび使うのでそちら用だと思ったのだが、手土産にという事らしい。
「でも何で紅茶?」
「釜石が国産紅茶飲んだこと無いって言うからこの間つい買ったのよ、わざわざお茶だけ送るのも面倒だしあなたが買った事にしてあの子への手土産にしちゃいなさい。
あの子に渡せば釜石の口にも入るでしょ?」
姐さんらしい発想である。
気遣いなのか面倒臭がりなのかは微妙なところではあるが、シーウェイブスも手土産があると喜んでくれるし持って行くことにしよう。
「ほんならそうさして貰いますわ」
秋味をゆっくりと胃の底へ落とすと気分が少しだけ落ち着いてくる。
まだまだやる事はあるけれど、今だけは一休み。


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スティーラーズと神戸ネキ

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つまりお前が主役です

メディアカンファレンスで久しぶりに全員が集まっての打ち合わせが行われることになった。
そして打ち合わせの最後に渡された新リーグの試合日程表を見たとき、俺は思わず立ち眩みを起こした。
「「スピアーズ?!」」
「いや……ゴメン思わず気が遠くなって……」
思い切りぶっ倒れて床に頭を打った俺をグリーンロケッツとシャイニングアークスが起こしてくれる。
「確かにこれはビビるわなぁ、開幕戦の担当ってめっちゃきついし。ほら、椅子」
スティーラーズ先輩に勧められるままに椅子に腰かけてもう一度日程表を見返す。
「……俺が国立での開幕戦担当でしかも相手がワイルドナイツさんって、責任重くないですか?」
「日本代表キャプテン所属チームなんですから良いじゃないですか」
「確かに俺のダーリンはキャプテンになりましたけどね?!俺が南アフリカから連れてきた最高のイケメンはキャプテンですけどね?!」
「代表クラス選手を擁するエリート軍団どうしと思えば妥当な組み合わせじゃないですか」
「そうだけどさ?!」
その横ではステーラーズさんが「ラピースの事ダーリンなんて呼んどるん?」とグリーンロケッツに確認してた。
平尾さんに対する感情のデカさで周囲を困惑させてたスティーラーズ先輩に言われるのは不服だがもうそこはどうでも良い。
「スティーラーズ先輩変わって?!」
「平日の試合やろ?神戸から東京行くのめんどいわ。俺に勝ってベスト4に入ったんやし、十分背負える荷物やろ」
「そうはいっても~」
「俺もリーグ開幕戦はやったしいい経験になるで」
当然の責務だという表情でそう言い話すと「おっ、シーウェイブスおるわ」と言って行ってしまった。
「正直もう今から既に胃が痛いんだけど」
「上り損ねた私の代わりに楽しんできてくださいよ、国立」
「そうだよー、俺も国立で試合したいけど選ばれたチームじゃなきゃ行けないしねー」
「シャイニングアークスもグリーンロケッツも頼りにならない……」
思わず顔を覆った俺に「スピアーズ」と声がした。
「ワイルドナイツ」
「リーグ開幕戦だろうが優勝決定戦だろうが何だろうが、試合に勝つことしか俺は考えてないよ」
そう言って口臭予防のミントガムを俺に渡す。
「開幕戦よりカンファレンスの事考えたほうが良いんじゃないの」
「確かに」
そう思ったらちょっと気持ちが落ち着いた気がする。
ミントガムを口に放り込んだらちょっとオレンジ風味がする。
「まあそっちのほうが先だよねー」
「あとグリーンロケッツ、フミのことよろしくね」
「もちろん!このミラクルセブンは引退まであの人についていくよ!」
ガムを噛みながらまずは目の前の事に向きあおう、と心に決める。
いい波に乗っていけば開幕戦も何も、きっと怖くない。



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最近のスピアーズがヤバすぎるって言う話でした。

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かはたれ時

まだ夜明けも遠い時刻にのどの乾きで目が覚めた。
重い体を起こして水道水を一気に飲み干してもまだ足りなくてもう一杯を飲み干す。
壁時計は午前3時すぎを指していて、あれを見に行けと言うことなのかもしれないと思うとため息が漏れた。
夜明け前の寒さをしのぐために薄いジャケットを羽織って外に出ると悲しいくらいに良く晴れている。今日は雨も降らないらしい。
足を延ばしたのは第一高炉の足元。
『俺が長らく願ったこの火を大事にしてね』
60年前のあの日、次屋兄さんが俺にそう語ってくれたのを思い出す。

この高炉の火は2021年9月29日午前3時20分を以て、俺の手から消えていく。

その火の消える瞬間を取ろうとするメディアのカメラが薄暗い海の向こうに光るのが見えた。
彼らもまたこの火が消える悲しみを悼んでくれるのならばいいのだけれど、と皮肉めいた気持ちが沸いた。
20分を過ぎると高炉の火が徐々に小さくなっていく。
高炉の火はいまや希望の灯ではない。
二酸化炭素を大量に排出し、長らく鉄の供給はだぶつき、国内製造業は未だ混迷の中をさまよう。
そしてこの希望の灯の下にいた人々を僕は支えることも救うことが出来ない。
高炉の先から燃えていた火がポッと最後の煙を吐いて消えてく。
僕はその消えてしまった火の名残を目を凝らして追いかける。
もう煙の名残りも負えなくなったころにはメディアの船や飛行機も消えていき、空がかすかに明るくなり始めた。
僕の祈りなど知らぬ太陽によって無慈悲に夜は明けていく。


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呉さんと最後の高炉の火

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