*2005年ごろのいつかのお話
「シームレスパイプに特化する?」
「ええ、」
ブラックコーヒーに砂糖を溶かしながら和歌山がそう告げる。
「随分と賭けに出ましたねえ」
シームレスパイプ(継ぎ目なし鋼管)は主要用途である油田開発の停滞から売り上げが伸び悩んでいると聞いていたが、そのシームレスパイプの方にシフトするのは大きな賭けのように思た。
「中東も少しは落ち着きましたし、またそのうち油田開発も再開するでしょうから」
「……で、私を呼んだ理由は?」
「シームレスパイプへの特化で鋼板ラインを止めることになったんです……新日鉄は今鉄源が足りてないんですよね?」
顔は笑っていたがその目は妙に冷たく冴えたものだった。
瞳孔の淡い茶色はじっと私を見定めているように思え、腐っても此花の血筋だと思い知らされる。
「半製品の購入って訳ですか」
「そういう事です」
あなたなら買ってくれるはずだというその眼差しが嫌になる。
「……そこまでしてシームレスへの賭けが失敗したら死にますよ、あなたたち」
「その時はその時です、最悪鹿島や直江津を連れて新日鉄傘下に入るのも止む無しでしょうね」
自虐めいた口ぶりで和歌山がそんな言葉を漏らす。
コーヒーを勢いよく飲み干すと叩きつけるようにコップを机に置いた。
「僕は住友金属の代表権を持つ身ですから、これ以上赤字を垂れ流す役立たずと呼ばれる訳にはいかないんですよ」
その言葉には曇りのない本気故の強さが滲んでいた。
小さくため息が漏れたのはきっとその本気の風圧に負けたのだ。
「……話は通しておきますよ」
彼はもう賭けのテーブルについている。
損をしてでも止めるなんて、出来るわけがないのだ。