目が覚めてみればそこは深い夜の闇とどしゃ降りの雨音が響く自分の部屋だった。
不愉快な夢を見た感覚だけがべったりと張り付いている。
夢の中で誰かにののしられた事だけは覚えているが、私を罵倒するような者がいただろうか?と考える。
小倉とのあれはせいぜい口での小競り合い程度のものでしかなく、憎悪と嫌悪を込めて怒鳴って罵倒するものがいたとは思えなかった。私は、この国が誇る製鉄所なのだ。
「やわた?」
古い名で釜石がぽつりと呼ぶ。まだ眼差しが溶けていて寝ぼけ気味なのだろうか、と思う。
「釜石、」
寝ぼけ気味の釜石がまだ薄ら酒臭い吐息を吐きながら私をぎゅっと抱きしめ、その両の耳をふさいだ。
「しごとのこといがいはきかんでええぞ、やわた」
その寝言の意味はよく分からないがその言葉が私に向けられた優しさであることはすぐに分かった。
「おまえはほこるべきこのくにのてつうみのかみじゃ」
てつうみのかみ、鉄を生む神という意味合いで時折釜石の口からこぼれる言葉だった。
神と信仰の薄れたこの頃は聞くことも無い言葉である。
「はい」
「おまえもわしもれっきとしたひとはしらのかみさま……」
少しづつ声が小さくなっていき最後は寝息に変わった。
釜石の腕の中で心拍音だけが子守歌のように響く。
怒鳴り声や罵倒のようなどしゃ降りの音が心拍音と寝息にかき消され、それにじっと耳を澄まして目を閉じた。
そういえば天気予報で明日は晴れると言っていたな、と思い出しながら。
八幡と釜石。内容がないようで実はあるのかもしれないお話。