「珍しいじゃぁん、どげした?」
引き戸を開けて出てきたのはひどく小柄な俺たちの兄であった。その名をアート商会、という。
ホンダと同じルビーレッドの瞳を持ちながら、全体の印象は俺とはさほど似ていない兄の住む家を訪れるのは何年かぶりだった。
そもそもここに来る理由だってそんなになく、かといって何の理由もなく行けるほど親しくもない。だから行きたいと思ったら適当な言い訳をつけて来るしかなかった。
「近所に用事があったもんで、そのついで」
「おお」
そう言って茶の間に連れて行くと、温かな緑茶とみかん餅が差し出されてくる。
もち米と皮付きみかんを一緒に蒸して混ぜた淡いオレンジ色のそれは、軽く摘まむとやわらかな感触がしていかにも美味しそうだ。
「そーいや技研は元気け?」
「まあ、元気にしてる」
「あいつもささがしい(せわしない)もんでお前から聞くしかねぇんだに」
「……手紙ぐらい寄越せばいいのに」
「けんが、返事何処に出せばいいのか分かんねぇもんでほっぽるしかねぇんら」
ほんのりと甘酸っぱいみかん餅を温かい緑茶で流し込む。
お茶の温かさが冷えた指先を温めてくれている。
窓の外からぽつぽつと雨の降る音がして、先ほどから寒いと思っていたら雨が降り出してきたらしい。
「あいつはお前のことが好きだらぁ?」
飲んでいたお茶が気管に入りかける。
何を言っているんだこの人は。いや、事実なのだ。あんなことやそんなことするぐらいにはあいつは俺が好きだし、俺もそれを拒まない程度にはあいつが好きなのだ。
だとしてもなんで気付かれたんだ。いつ、どこで気づかれた?
「あわっくいが」
遠州弁で粗忽者と言う意味の言葉がその口から洩れる。
にやりと笑っているその顔と言葉で、カマにかけられたのだと悟った。
「……そうだよ」
「やっぱりそうじゃんな」
「なんでそげ思ったけ?」
「兄弟の血だらぁ」
つまり、大して意味はないという事だ。
「やぁっと一緒におったで、なんとなくわかるだに」
にやにやと楽しそうに笑うその人を見て、弟は逆らえないという運命の事を考えていた。
アート商会と東海精機。