嫌になるくらいに降り積もる雪を掻き分け、ふうと軽くため息を吐いた。
昨晩から今朝にかけてどっさりと降り積もった雪は下ろすだけで一苦労で、この後空き家の雪も下ろしに行かないとならないのだから嫌になる。
勝山や大野辺りに比べればまだましとはいえ毎朝雪かきをしないと生活に支障が出る。不便だ。
ポケットに入れていた携帯が鳴り響き、かじかむ手で電話を取る。
『鯖江、いま大丈夫?』
「雪かきしとったとこですけど、まあ大丈夫ですよ?」
スノーダンプをいったん脇においてその呼びかけに応じる。
福井に対する敬語はもう江戸の世からの習いみたいなもので微妙に抜けきらない。
『えっ』
「うちの周りの雪かきを終えて近所の空き家の雪下ろそうか考えてたとこなんで」
『ああ、なら良かった。屋根の上にでもいたら危なかったし』
「で、ご用件は?」
『うちで使ってた湯呑を割ってしまって、鯖江の馴染みで金繕いの職人さんがいたでしょう?あの人にお願いできないかと思って』
「あー……あのおっちゃん少し前に入院してて今は出来んと思いますよ」
『そうだったの?』
「別の漆屋に頼んで金繕いしてもらいます?腕は俺が保証しますよ」
『じゃあ、お願いしていい?結城さんから頂いた器だから大事にしたくて』
ぽつりとこぼれたその人の名前。
名前を呼ぶ響きの柔らかな熱は思わず皮肉めいた言葉がよぎったが胸にしまっておく。俺はまだ彼女に嫌われたくはないのだ。
「なら今日の昼過ぎにでも取りに行くんで」
了承の言葉と共に電話を切り、知り合いの漆屋に電話をかける。
(ああまったく、うちのお姫さんの心はずっと向こうにあるのは嫌なものだ)
鯖江と福井の話。ぬるいけど鯖江→福井。