イチマルさん(@10_plus10)の茨木市さんをお借りしています
電話を切ってから私は呆然と立ち尽くす。
「茨城町ー、お裾分けに来たんだぜー」
「大洗くんちょうどいいところに!」
「どうしたんだぜ……?」
大洗くんを食卓に座らせ、とりあえず常備された麦茶を出す。
持ってきてくれたお裾分けのお魚はいったん冷蔵庫にしまっておこう。
「今度、うちにお客さんが来るんだけど何を出せばいいかと思って……」
「何って、そりゃあごはん・けんちん汁・刺身だと思うんだぜ?」
「いや、三つは必須だと思うんだけど、その、えっと……」
「そのお客さん男性?」
大洗くんの言葉で返答に詰まる。さすがは海と観光客相手で生きる漁師町と言うか、勘が鋭い。
そうなのだ、先ほどの電話は茨木市さんからだったのだ。
『来週長期で関東に行くんですけど、一日予定空いたんでそちらにお邪魔してもええですか?』
耳馴染みのない大阪弁で真摯にそう聞かれてしまうと何となく逆らえなくて『なんにもないとこで良ければ!』と即答してしまった。
「まあ、そういう事なら水戸には黙っておくんだぜ」
「オネガイシマス……」
水戸君はああ見えて『旧水戸藩領に手を出す奴は殺す』的な過保護さがあり、水戸にバレたらめんどくさいだろう事は大事にでもならない限り黙っておくというのが県央の共通認識である。
「お刺身がいるなら俺の方で用意しと居た方が良いんだぜ?」
「ああうん、お願いしてもいいかな。あとは旬の野菜の天ぷらとかかな……」
「あ、あとアレ美味かったからアレ出すといいと思うんだぜ。この間の勝田の誕生日に作ってた……」
「アレ?でもどうだろう……」
「余ったら俺が食うから!作って!」
「……それ完全に大洗くんが食べたいだけだよね」
「おう」
「そこまで言うなら……」
―数日後。―
今日は茨木市さんがうちに来る日で、食卓にはたくさんのごちそうが並ぶ。
太平洋の旬の魚のお刺身、とれたての野菜をたっぷり入れたけんちんうどん、れんこんやカボチャの天ぷら、栗ご飯、シソジュースといちじくのサイダー。
「ごめんください、」
「茨木市さん!どうぞ上がってください」
「結構大きな家住んではるんですね、同じ敷地内に家が二軒あるの初めて見ましたわ」
「こっちだとよくあるんです。同じ敷地に家を二軒建てて親と子で住むんですけど、この別宅は誰も住んでないから良かったらってことでお借りしてるんです。」
「へえ」
食卓に案内すると二人分にはちょっと豪華な食事に驚いたように目を輝かせる。
朝一番で直売所に行って作っただけの甲斐はあったな、と思わず嬉しくなる。
「早速頂いてもええですか?」
「冷めないうちにどうぞ」
「ほな、いただきます」
れんこんの天ぷらにそっと箸を伸ばし、微かに頬の緩むさまを見て心が温かくなる。
(ああ、この人はこんな風に笑うのか)
私の作ったものを食べて笑ってくれるというのは本当に幸せな気持ちになるし、その相手が彼なのだと思うと幸せすぎて胸が痛いくらいだ。
まだデザートの準備が残っているので一度台所へ戻ろうとした。
「茨城町さん?」
「はいっ?!」
「いや、食べはらないんですか?」
「あ、えっと……デザートの準備があるので」
「デザートまであるんですか!?」
「わざわざ遠方から来ていただいた訳ですし、茨城の美味しいもの沢山食べて欲しいなって」
「そんな気ぃ使わんでも」
「気を使ってるわけじゃなくて、私が、そうしたいんです」
ゆっくりと言葉をひねり出す。
「茨木市さんが、美味しいものを食べて笑ってるのが、好きなんです」
遠くでオーブンの音が聞こえたので急いで台所に戻って、オーブンを開ければおいしそうに焼けた匂いがする。
これを後はゆっくり冷まして、冷蔵庫に仕込んであるクリームを載せて。
(美味しそうって笑ってくれるかな、)
あの人が笑ってくれれば、私はこんなにも幸せなのだ。
一度食卓に戻ると茨木市さんはいちじくサイダーを飲んでいて、その足音でこちらを振り返った。
「茨城町さん、」
「はい?」
「俺は、茨城町さんと一緒にご飯食べるの、好きなんです。せやから一緒に食べてくれませんか?」
それがまるで告白のような真剣さで告げられたものだから私はちょっとおかしくなって笑いそうになる。
「……私で良ければ」
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食卓が綺麗さっぱりなくなり(緊張で気づいていなかったけれど私もお腹が空いていたのだ)、机の上には小さなケーキと赤いゼリーと焼き菓子が並ぶ。
「……三種類も?」
「あ、焼き菓子の方はお土産です。お米の粉で作ったクッキーです、帰りの電車の中で食べてってください」
「このゼリーは?」
「トマトのゼリーです、この時期のトマトは味が濃縮されてて美味しいんですよ」
「このケーキ、ちょっとスパイスの匂いしますね」
「あ、スパイス系苦手ですか?」
「いや、ちょっと気になって」
ケーキを一口ほうばると「これ、人参ですか?」と尋ねられる。
「そうなんです」
「……優しい味がしはりますね」
その言葉と幸せそうな空気だけで心が温かくなる。
ケーキを綺麗に平らげて、口直しのお茶を飲み干してから「あの、」と声をかけられる。
「俺と、交際してくれませんか」
「……はい!」