100年生きていたってうまく行かない事が沢山ある。
そんな沢山のことと折り合いをつけながら、人は生きて暮らして死んでいく。
なら、死なない自分はどうしたらいい?折り合いをつける事も、妥協することも出来ないまま、また100年を生きていけと言うのか。
「釜石」
「どうした?」
着物姿で都会を闊歩する後ろ姿は昔と何一つ変わらない。
近代製鉄の歴史の生き証人たる彼と逢うのは半年ぶりのはずだ。
何せ普段は北東北の海の街で暮らしているかの人と、九州の大都市のど真ん中で生きる自分とでは生活範囲が違いすぎた。
「……怒りましたか、私の事を」
釜石は微かに驚いた顔をした。
漆黒の瞳から発する光はまっすぐに此方を貫いた。
「怒ってるように見えるか」
「ええ」
「八幡は官営時代の象徴、それを観光地化することに異論はない。」
現在、八幡製鉄所は日本の近代化遺産として世界遺産登録をめざし整備が進められている。
そしてその基盤を作ったのは釜石である。
「むしろお前が分からないだけだ」
「はい?」
「その事で怒ってると思うお前が」
「怒ってるような気配がしたので」
「思い込みだ」
過去に執着なんかしていない、と嘯くようにくるりと踵を返してく。
その足は東京駅へと向けられていることは分かっていた。
まるで自分ばかりが過去への執着を忘れられずにいるような、この人への想いを引きずっているような、そんな想いだ。
「100年経とうが200年経とうが、好きなんですよ」
「んあ?」
「初恋なんですよ、釜石が」
そう告げると世界の音がふっと消えたような気がした。