毎年12月1日は出来るだけ予定を開けるようにしている。
大切な人物の誕生日なのだ、戸畑もうちの関係者も分かっているから文句を言わない。
「釜石、今年も誕生日おめでとうございます」
今年も見覚えのある釜石の家に飛び込むと「来たか」と笑った。
「ちょうどいい、夕飯食ったか?」
「東京から直で来たので食べてませんね」
「光からふぐちりをお祝いに貰ったんだがちと多いなと思ってたとこだ、食ってけ」
「じゃあありがたく」
今年も釜石宛てのお祝いの品がいくつも並んでおり、奥の茶の間には冬に備えて出したらしいこたつはなべ物の準備がされている。
まだ下ごしらえの段階なのか、小さな台所にはまだカットされてない野菜がいくつか置いてあるのみだ。
「鍋用セットみたいの買わないんですね」
「シーウェイブスが方々から野菜貰って来ててな、買わんくても出来そうだったからもったいなくて。あとちょっと手伝え」
台所ばさみで春菊を切るよう言われたので、ざくざくとはさみで切り揃えておく。
1人用の台所には少々窮屈だが包丁を手に野菜を切り揃える姿を見るのは新鮮だった。
(……そういえば、私が小さいときには何度か見た気がしますね)
私が生まれて間もない頃は近隣に店などなかったので自炊せざる得なかったこともあり、釜石が台所に立つことが何度かあったのだ。
「春菊の下ごしらえ終わったら吊戸棚のカセットコンロと一緒に茶の間に出しといてくれ」
下ごしらえを終えた春菊とカセットコンロを手に茶の間に行くと、ふぐちりのセットがどんと鎮座している。これが光のプレゼントなのだろう。
開封済みのセットについていた作り方説明書を見ると、専用のだしでふぐを煮て作るらしい。
「だし温めときます?」
「野菜はいつ入れるか書いてあるか?」
「あ、固いやつは出汁と一緒に煮るよう書いてありますね」
「じゃあ白菜の芯と大根・人参入れて火ぃつけとくか」
長ねぎを切っていた釜石が手を休めて土鍋を持ち出してくる。
鍋に出汁と固い野菜を入れて火をつけると「鍋見守っといてくれ」と告げられる。
茶の間のこたつに足を入れて鍋が暖まるのを見守っていると、長ネギや白菜の葉っぱと共に一升瓶を手にした釜石が来た。
「湯呑み酒でいいか?」
「釜石がくれるならなんでも」
「お前いつもそんな感じだよなあ」
鍋の野菜を土鍋の横に置けば、湯呑を渡してきた。
「こんなデカい瓶だとおちょこは使いづらいんでな」
「言ったでしょ、私は釜石なら何でもいいって」
湯呑になみなみと注がれるのは純米酒だろうか、日本酒のいい香りがする。
釜石も手酌で日本酒を注げば「乾杯するか?」と聞いてくるので、小さく湯呑を合わせた。
くいっと煽れば日本酒の香りが広がり、アルコールで体温がほんの少し上がる。
「冷やで悪いな、このサイズは冷蔵庫に入らなくて」
「そんな大きい冷蔵庫買っても玄関通りませんよ」
「この社員寮も立て替えてくれりゃあなあ」
皮肉交じりにそう言われても決裁権が無いのでどうにもならない。
「検討はしときます。ああ、それと」
思い出して持ってきたプレゼントを差し出した。
紙袋の中身は反物だ。
「お前ほんと毎年わしの着るもん用意してくるよなあ」
「いいじゃないですか」
そう言いながら箱を開けると生成り色の反物が二つ釜石の手に渡る。
1つは生成りに細い藍色の縞柄、もう1つは藍色の絣模様の反物である。
布地をじっと見つめて何度も肌触りを確認すると、こっちを見てため息を吐いた。
「……お前、これ、上布だな?」
「ええ。越後上布ですよ」
越後上布は国内最高峰の麻織物であり、世界遺産にも登録された布である。
大麻ではなく苧麻(からむし)を使うので釜石ならその違いに気付いてくれるだろうと思ってた。
これを買うので新車一台分は吹き飛んだが何とかなる。
「えちっ……?!お前、これ……いや、いいや。そんな値段聞くのが怖くなるようなもんを二つも用意して何したいんだ?」
「それで揃いの着物仕立てて、夏にでも関門の花火デートしてもらおうかと」
目的はこれである。
ここまでお膳立てされれば絶対に断れないし、この着物の話をすれば全員納得してくれる。
「お前たまに若い女っこみたいなこと言うよな」
「釜石だからデートしたいんですがね、どうですか?」
「……花火っていうと8月ぐらいか。予定開けてやるから日付分かったら連絡しろよ」
炬燵の下でガッツボーズをしてからすぐさま炬燵で関係各所に連絡を入れる。
戸畑や上の人間には何としても予定を入れさせない。ぜったいである。
「ああ、もう鍋もいい具合だな」
釜石が思い出したように土鍋のふたを開けて追加の野菜やふぐの切り身を鍋に入れてくる。
ああ、おだしのいい匂いだ。
美味しいものと好きな人、そして揃いの服を着てのデートの予定も確保できた。
「今日はいい日ですね」