「あつい」
ぽつりとそんな台詞が口から洩れる。
一時期の連日40度に迫ろうかというような酷暑に比べれば落ち着いたとはいえまだ8月の下旬、暑いもんは暑い。
ましてやここは酷暑で名高い埼玉・熊谷、東京から流れ込む熱風とフェーン現象により余計に暑い。
「……なら熊谷に来なけりゃいいのに」
出迎えたのは浅黒い肌にオレンジと紺のグラデーションの髪をした勝気な雰囲気の女性・アルカス熊谷だ。
女子ラグビーの強豪として名高いが同じ熊谷に縁のある者同士なにかと顔を合わせることはあった。
「これも仕事の一環だから、ちょっと涼ませて」
アルカス熊谷は呆れたようにクーラーの効いた部屋へと誘導し、そのまま冷風のよく当たるソファーに寝ころんだ。
「そうだ、ガリガリ君いる?」
「いる……」
「ソーダ、コーラ、梨、グレープフルーツ、どれがいい?」
「普通にソーダでいいよ」
冷凍庫の前から放り投げるように渡されたのはグレープフルーツだった。なら何故聞いた?と言いたくもなるがまずはこの身体に溜まった熱を冷ます方が優先だ。
ガリっと齧ればグレープフルーツの酸味とシャリシャリ食感が心地よく、身体のほてりを冷ましてくれる。
「というか、オーストラリアにいたんじゃ?」
「昨日戻ったよ」
「へえ、帰国翌日仕事なんて大変そう」
「企業チームはそんなもんだよ」
しゃりしゃりと氷菓子をかみ砕き、冷たい風を浴びながらようやくひと心地着いた気分になれる。
「まあ、うちもお金が無いから一長一短なのかなあ」
「……クラブチームってそんなに貧乏なの?」
「野球やサッカーだと大きい会社がスポンサーついてくれたりするけどラグビーはね。あ、今度クラウドファンディングやるから投資してよ、50万」
「もっと安いコースなら検討しとく」
ちえっと呟いてアルカスは俺から視線を外す。
不機嫌な妹分(としかこの関係性を言いようがない)は面倒なようなそうでもないような、よく分からない感じだ。
(まあ、うちは兄弟分みんないなくなったしなあ)
一応大阪の方にいなくはないけど、あれは松下の子だ。三洋の子じゃない。
今はもういない兄弟と特別縁が深かった訳じゃないし、兄弟という感覚はいまいち掴みかねるところがあった。
「チラシぐらいなら貰っておこうか、うちのイベントに置いとくぐらいならできるし」
「むしろTwitterで拡散してよ」
「SNS繋がってないし無理じゃない?」
「無理って……ガリガリ君代取るよ」
「100円置いとけばいい?」
不愉快ではないこの距離感を案外俺は楽しんでいる。
野武士とアルカスさん。