*小ネタ集です
・お引越し
「あんた、ほんとに熊谷に来るの?」
「いちおうね」
アルカス熊谷はその返事を聞いて実に不愉快そうに表情を小さくゆがめた。
「引っ越すにしてもまだ場所探しとか打ち合わせとかあるからだいぶ先だけど」
「あんたがほんとにお隣さんになるとか地味に嫌ね」
「一緒に熊谷をラグビーで盛り上げる人出が増えたぐらいに思えばいいでしょ」
・出会いの春に
金曜日の昼下がり、僕の妹分になるであろう子が見つかったという連絡を受けて定時明けに足早に尋ねに行くことにした。
「……この子が、アザレアスポーツクラブ?」
つつじの花のごとき淡いピンクの髪によく馴染む桜色の頬をした3つか4つばかりの幼い少女はすうすうと小さな寝息を立てて眠っている。
この子がこれから健やかに伸びてこの街でラグビーボールを追いかける仲間になるのだ。
「よろしくね、アザレア」
仲間の増えた喜びを込めて僕は小さくその頬を撫でたのだった。
・冬の終わり、別れの日
シーズンが終われば俺の元を去る仲間たちについての仕事が増える。
「今年の退任者は八人か」
ふうっと小さくため息を吐きながらも、きょう退任を発表した監督の事はやはりどうしても気にかかった。
まだあの人は若い。退任の理由は平成の最後に優勝を逃したと言う事実の重さなのか、それとも違う理由があるのかは分からないが人は来ては去っていく。
去っていく選手たちや過去に固執すれば重荷になるばかりだ。
「……今年は何人来るかな」
気分を切り替えるように退任者のリストを閉じると、次に来るシーズンのことだけを考えた。
・狼は太陽に吠える
スーパーラグビーの季節は春と共に南半球からやってくる。
シンガポールでの初戦の敗北は手痛いけれど、明日に控える国内初戦の準備は捗っている。
(……大丈夫、勝つぞ)
トップリーグのチームたちの上に自分は立っている。
姿かたちこそ幼くも自分は日本代表を支える柱なのだ。
晩冬の東京の陽の下で美しい勝利の星を掲げる準備なら、もうできている。