夏から秋へ季節が変わる日だった。
「……合併の承認、降りたんですか?」
『ああ、ようやくだ』
電話越しに釜石が穏やかに笑っている。
声だけでもお互いこの長い闘争を駆け抜けたことへの達成感と、再び共に暮らす喜びがその声ににじんでいた。
『5年か、長かったな』
「ええ」
ただいまと呟く私に、お帰りと釜石は呟いた。
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1970年3月31日の八幡の街は素晴らしい春晴れの空であった。
玄海灘から差し込む清廉な朝の陽ざしが、古びた高炉に降り注ぐように差し込む。
今日から私のものではなくなるその高炉の様子を見に来たのは私だけではないようだった。
「あら八幡もいたのね」
「……神戸、あなた仕事したほうが良いんじゃないですか」
「これも仕事の一環よ」
東田第六高炉は新日鉄という巨大企業の誕生に伴って神戸製鋼に移管される。
「体調は平気?高炉を移すとなるときついでしょう?」
「こう言う痛みはもう慣れましたよ」
神戸が朝の日差しの下で美しく笑う。
「さあ、新しい時代を生き抜きましょう。八幡」
―おわり―
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