「そういやなんでお前代表権の譲渡まだしてないの?」
レールにまつわる打ち合わせを終えて帰りの新幹線まで暇つぶしにと称して立ち寄った開店直後の角打ちで、ふいに此花がそんなことを聞いてきた。
「何でって……だいたい新日鉄という会社の顔を誰に譲るんですか」
「君津か戸畑あたりにもう譲って隠居してもいい頃合いだろ」
「隠居って、あなた未だ仕事してるでしょう」
「ものの例えだよ」
「そうですか」
「で、なんで譲らないんだよ」
此花はよほどこの話に興味があるらしく、にやりと笑いながらハイボールを飲んでいる。
もうここまでくると答えるのも面倒だ。帰りたい。
「……特に理由はありませんよ」
それは率直な言葉だった。
言われてみれば確かに今の八幡製鉄所八幡地区は製鉄所としての機能のほとんどを戸畑に集約したため製鉄所としての機能は薄れており、私もまた近年は上や国の使い走りの方が仕事として多かった。
ならば君津や戸畑あたりに顔役を譲ってもいいのだがそれを考えたことは一度もない。
「ないのかよ」
「しいて言うなら、私以外に新日鉄の顔役が出来ると思えないって思ってるからですかね」
「まあ、確かに官営様の跡継ぎの名前は一人で背負うにゃ重すぎるけどなあ」
「重すぎるって?」
「素直な感想」
いつか、私がその存在を保てずに消えた時誰がその名前を背負って舞台に立つのだろう。
「……私と釜石が消えた時、会社も消えるんですかね」
「まさか」
八幡と此花