忍者ブログ

コーギーとお昼寝

市町村・鉄道・企業・スポーツチーム擬人化よみものサイト、オンラインブクマはご遠慮ください。

お月見白玉

料理を作ることに理由なんて要らない。ただ食べたくなったのだ。
「どうぞ、白玉のおしるこです」
結城さんが持って来たお椀には卵大の淡い黄色の白玉が一つ。
おしるこの夜空に黄色い白玉が浮かぶお月見白玉(この可愛らしい名前は筑西くんがつけたそうだ)は十五夜らしい、結城さんのオリジナルのおやつだ。
「急にうちに来て『この間作ってくれた白玉のおしるこが食べたい』なんてびっくりしましたけどね」
「気分です」
「そうですか、まあ私は小山さんが自主的に来てくれただけで十分ですけどね」
この人は喜びのレベルが低い。
基本的に俺がいてくれればハッピーで、それ以上の幸せはないって顔をする。
それくらい好かれていることは決して不幸なことじゃないけれど、この人はこれでいいのかなんて思ったりもするのだ。
数百年来の隣人という関係を崩したくないのは、たぶん俺の方だ。
「どうです?」
「美味しいですよ?」
「それは良かった」
満月から弓張り月に変わった黄色い白玉がぼんやりとお椀の上に浮いていた。




久しぶり(と言うか七夕以来)に結城小山。隣人以上恋人未満な話。

拍手

PR

コスモスの日

家に帰ると花瓶にはコスモスの花が活けてあった。
「金津ー、これなあにー?」
「それ昼間三国さんがそれ活けて行ったんですよ」
「ふうん……」
一輪挿しに活けられたチョコレートコスモス。
普通の赤やピンクではないそれは和モダンに整えられた食卓に調和し、一枚の絵になっていた。
ポケットから携帯を取り出して写真を撮って壁紙にする。
(どんな顔で、選んだんかな?)
三国は童顔気味ではあるがどちらかと言えば精悍な男前で、こういう事にはとんと疎い人だ。
そんな人が花屋でどんな顔してコスモスを選んだのかを想像するだけで笑えてくる。
……やっぱり、坂井にはもったいないなあ。と呟いた。

****

「マル、三国は?」
「競艇場に行きましたよーっと。はい、オムレツできたから並べて!」
丸岡が手際よくオムレツを焼くのでしぶしぶ食卓に夕食を並べていく。
風呂掃除を終えた春江がオムレツに目を輝かせながら箸やお茶を準備し、丸岡が料理道具を洗い始める。
「ただいまー!」
「お帰りなさい、また競艇ですか?」
「久しぶりに勝ってきたから春江にお土産」
ほんのりと酒臭い三国がビニール袋を春江に渡し、手提げ袋に詰めておいたワンカップと柿の種を取り出してくる。
三国がこうして競艇に行くことは珍しい事じゃない。三国競艇は地域経済を潤す重要な施設だし、町としての役割から解放される前から視察と言う名目で時折競艇で遊んでいたのは全員が知っていることだ。
「ミニブーケ?」
「おう、春江に似合うと思ってな。リビングにでも飾ってくれ」
「ありがとうございます」
そうして春江がパタパタとリビングを出て行く。たぶん部屋に飾るのだろう。
ふと足元に落ちたレシートを拾うとミニブーケと共に、チョコレートコスモスを一輪買っていることに気付く。
「……チョコレートコスモスは、あわらに?」
「おう、勝って気分がいいからあわらに贈りもんしようと思ってな」
「あわらと春江にはあって、俺とマルにはないんだな」
「コスモスは死にゆく夫からの妻への捧げもんだよ、ミニブーケはみんなにだ」
ああクソ、妬ましい。
素直に湧いてきた気持ちを俺はただレシートを握りつぶすことでしか表現できなかった。




チョコレートコスモスの花言葉:移り変わらぬ気持ち


三国あわらと、現坂井市組の話。
9月14日はホワイトデーからちょうど半年なので、コスモスの花をプレゼントしてお互いの愛情を確認し合う「コスモスの日」だそうです。

拍手

ありふれた魔法

言うなればあの男は魔法使いだった。
鮮やかな深紅色の揺らぐことのない意思を湛えた瞳は、それそのものが魔法だったのだ。
そして、目の前には魔法使いを失った哀れな女がひとり。
「西宮」
立ち尽くしてボロボロと泣く彼女の名前を、呼んだ。

ありふれた魔法

西宮と言う女は出会った時から綺麗な子だと思っていた。
深い赤の瞳は宝石の色に似て深く、艶やかな黒髪は新品のステンレスにも負けない。
『葺合、』
『なんだ』
『綺麗な子だね』
『……当然だろう?』
自慢げに笑う葺合の目には西宮への愛と自信が浮かび、私もそれに同意した。
それが全く違う性質のものになったのはきっと、あの時だ。
『葺合のことずっと好きだったんだろう?』
『うん……きっと、生まれた時から』
西宮が美しくそう笑ったあの瞬間。
息を飲むほどに美しい微笑みを見た瞬間に、私の中の感情は確かに今までと違うものになったのだ。

****

「ボロボロだな」
西宮は潤む瞳で私を睨んだ。
透明な涙の膜の向こう側からあの瞳が私を覗き込んでくる。
「本社に戻りな、千葉や知多も心配がってるだろう」
「……まだ葺合がいない」
微かに震える声で答えた西宮に、私は軽く息を吐いた。
(敵に塩を送る、って感じだが)
まあいいさとポケットから真新しい携帯電話を取り出す。
「せめて、本社に連絡ぐらいしときな」
「携帯持ってたの?」
「一応な」
西宮はゆっくりとキーをして電話をかけ、私はその背中をただ見ていた。






此花→西宮。恋した相手は別の人に恋してた話。

拍手

走る男と追う女7

阪神製造所に統合されてから、私たちの生活は穏やかになった。
川崎製鉄の顔役としての仕事を千葉に譲って私たちは生活のほとんどを神戸の街で過ごした。
私は葺合に渡された古い万年筆で仕事をこなし、葺合は私がプレゼントした手帳を愛用してくれた。
「西宮」
「はい?」
「昨日此花から聞いたんだが、ずっと俺のことを好いていてくれたんだろう?」
「……聞いちゃったんだ」
「ああ。そう聞いたら嬉しくなった」
葺合はそう告げると、見たこともない穏やかな顔で私に笑いかける。
ずっと追いかけてきた姿がそばで笑いかけてくるのは正直心臓に悪い。

「だから、ありがとう」

****

1994年(平成6年)3月、阪神製造所廃止。
葺合は水島製鉄所神戸地区になり、私は千葉製鉄所西宮地区となった。
しかしそれでも私たちの関係は変わることは無かった。
そしてこのまま一緒に生きてゆけるのだと信じていたのだ。

葺合の廃止が告げられたのは、1995年(平成7年)の春の終わりのことだった。









―振り向くな、振り向くな、後ろには夢が無い。
―ただ前を向いて走る事だけが、未来への最短距離だ。
私は神戸の街を走った。
愛する男の姿を必死に探し求める足は止まることは無い。
心臓はバクバクと鳴り響き、浅い呼吸を繰り返しながら私はその姿を探し求めた。
遠くで鐘の音が響く。
いつもなら鳴るはずのない鐘の音を聞いて、私は唐突に理解した。

(これは、葺合を弔う鐘だ)

戦後を走り続けた男は私だけを残して、去っていった。



という訳で葺合西宮一挙更新キャンペーンでした。
川崎製鉄時代はちょっと濃すぎて頭くらくらするぐらいなのでみんな見てくれ。

拍手

走る男と追う女6

巨大化する千葉に並行し、水島の誕生、いくつかの工場の廃止、事業の譲渡と新事業の開始、葺合の足は止まることが無かった。
そして私もまたそれを追いかけてきた。
しかし、いつかはその足も緩んでいくのだ。

1978年(昭和53年)、冬。
「此花!どうしよう!」
「何の前触れもなくどうした……?」
「葺合にプロポーズされた!」
「は?」
とりあえず落ち着け、と私を机の前に座らせてお茶を淹れ始める。
ほかほかと湯気を立てる煎茶を一口呑めば心も少し落ち着いた、やっぱりコーヒー紅茶よりも緑茶の方が落ち着く気がする。
「とりあえずプロポーズって何さ」
「あ、いや、えっと……冷静に考えたら、あれプロポーズでも何でもなかったのかも」
「いや実際どうだったかは別にして何があったか説明してくれないと困るんだが」
「ええっと、葺合と私が来年春に統合されて阪神製造所になるからってこれを」
机の上に私は一つづつ渡されたものを並べていく。
古い万年筆、新品のカード入れ、川重兵庫の名前の刻まれた布のブックカバー、青いハンカチ、そして綺麗に磨かれた6ペンス銀貨。
「……サムシング・フォーだな」
「だよ、ね?」
唐突に電話のベルの音が響いて、ちょっと待ってと此花が席を立つ。
私が葺合に渡されたモノたちを見ながら考え込んでいるうちに此花が戻ってくる。
「夕方になったら迎えに来るってさ」
「えっ?」
「あと、それは間違いなく葺合からのプロポーズだよ」
私が固まっていると「祝杯でも開けようか?」と冗談交じりに聞いてくる。
「葺合のことずっと好きだったんだろう?」
「うん……きっと、生まれた時から」
此花は私の顔を驚いたように見つめてから、「じゃあ祝杯だ」と笑ってくる。
「でもお酒はダメ、迎えに来てくれるのに酔ってたら恥ずかしいから」
「はいはい、玉露でも開けるよ」
そうして此花が私の前に高級な玉露を差し出し、湯呑の玉露で乾杯をした。



次へ


拍手

バーコード

カウンター

忍者アナライズ