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コーギーとお昼寝

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ホモロジーとアナロジー


東海精機×本田技研って呟いたら「書きたいときが書き時なんやで」という悪魔のささやきを受けて書いたもの。



子どものころ、兄弟というものに憧れていた頃がある。
それはまるで5歳くらいの子供が親に弟か妹が欲しいと強請る無邪気さで、兄弟の存在の事を生みの親に問うたことがある。
『そのうち出会えるさ』
やがて企業規模の拡大とともに妹弟が増え、兄弟の存在を父に問うことは無くなった。
その存在を知ったのは昭和という時代が終わり、父も病床に伏せるようになってからの事だった。
『葬儀の時は東海精機を呼ぶように』
『……何故ですか』
『事情あって手放したとはいえれっきとしたもう一人の息子なんだ、せめて葬儀ぐらい呼んでやらなきゃ可哀想だろう』
父らしい情のかけ方だと思った。

それから少しして、父はあの病院の白い部屋で静かに息を引き取った。
抹香くさい葬儀場で俺と同じ顔なのに青い瞳をしたその人を見たとき、はじめて心臓がざわめいた。
あれが俺の兄なのだという事実と俺の色ではない青の瞳は三河の商売敵を彷彿とさせ、ああそう言えば父が東海精機を譲った先は商売敵の兄にあたる存在だったと思いだす。
早々にお焼香を済ませて立ち去るその人をとっさに捕まえて呼び止めたのは、きっとそうするしかなかったからなのだ。
「……あんたが、東海精機だよね」
俺に兄になるかも知れなかった存在は孔雀青の瞳を微かに揺らして「そうだけど」と呟いた。

****

それは父の死から1年半以上過ぎたのにどこか気持ちが落ち着かない時期の事だった。
企業そのものである自分と違い人間は生きていればいつか死ぬという当たり前の事実に対して、上手に処理しきれないまま仕事の時以外はどこか座りの悪い心地がしていた。
「四六時中ケツの穴がかゆそうな顔しやがって」
「……前から思ってたけどヤマハは顔と口の悪さが比例してるよな」
ヤマハ発動機は彫刻みたいに上品な顔を姉から受け継いだわりには仕事以外では口が悪い男だ。
しかし姉の方も野心家の魂を綺麗な音と容姿で包み隠しているだけなので案外似たもの姉弟であると思っていたし、それはたぶんこの先も変わらないだろう。
「まあ、東海精機の方も似たような調子だけどよ」
「え、なに、知ってんの?」
「この間豊田一族絡みで顔合わせたけど、俺にお前の話を聞かせてくれって言いやがった。飯奢ってくれたからしたけどな」
「したんだ」
「他人のおごりで食うひつまぶしは美味かったわ。つーか気になんなら声でも電話でもかけろや俺を挟むんじゃねぇっての!思い出したら腹立ってきた」
「……なんか、悪かった?」
「めんどいからもう帰る、カワサキにこれだけ渡しといて」
「いやまだ会議始まってすらねーからな?!」
それなりに長い付き合いのはずなのだが未だにヤマハの地雷はよく分からない。
やっぱり、ちゃんと話をしたいのかも知れない。
そんな時期にふと見つけたのが天竜の家だった。
天竜川の程近く、木立の中の木造の一軒家でガレージもついている。
お世辞にも利便性のいい物件ではなかったが、地震や空襲の被害も受けずに残った古い木造の一軒家は隠れ家の風情があり値段も割安感があって勢いで買ってしまったのだ。
購入した家の合鍵と地図を送るとわりあいすぐにやって来た。
暇なときに天竜の家に来ては読めずにいた本を読み、ガレージで古い家電を分解して遊び、木立で見つけた栗や野苺を加工して食べた。
あまりにも穏やかな時間は、俺の中にあるものを確実に変質させていったのだ。

「相似と相同って感じがする」
「……なにが?」
やけに寒い秋の終わりの事だった。
ごみ捨て場から拾ってきたこたつを修理したのにこたつ布団が無い事に気付き、こたつ布団を買いにい出かけた帰りの事だった。
「俺とお前の顔が相同なら、手のたこの位置が相似だよなって。」
「それはつまり、俺たちの顔は遺伝的な形質によるものだけど手のたこの位置がほぼ同じなのは同じような道具を使う時間が長いせいだって言いたいわけ?」
「正解」
時折言葉を省略しすぎて意味不明になるのは東海精機の悪い癖だ。
俺はいちおう外向きに喋ることも多いからいいのだが、完全に企業とその関係者以外の相手と話すことが無い東海精機は言葉を省略しすぎて意味不明になる事がままあった。
「でもよく分かったな」
そうしてひどく嬉しそうに笑ったのだ。
始めて見る梅花のほころびに似た笑みに沸き上がったのは強い衝動だった。
(この男が、欲しい)
唐突に沸き上がった衝動は間違いなく企業としての感情ではなかった。
もっと生物的・人間的な感情と衝動だった。
車を止めて路肩に寄せる。
「なに、」
「あんたが欲しくなった」
そのまま口づけを奪い去ると、俺は「悪くないな」と呟いた。

****

そこからはもうあれよあれよという間に落ちて行った。
口づけの温かさも、男に抱かれる快楽も、全て二人で覚えたことだ。
もう誰にだってあの青い瞳を渡すまい。
相似形の瞼の奥に秘められた青く静かな情熱のチェレンコフ放射のような輝きを想いながら、今日もあの天竜の家に帰る。

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