段ボール箱いっぱいのデコポンは気の早い春の匂いがする。
火の国熊本からのお裾分けのおこぼれを一つ貰い、さっそく皮をむき始める。
皮からこぼれる柑橘の爽やかな匂いと、鮮やかなオレンジがまだ雪残る福井では色鮮やかに感じられる。
ついでに房ごとに分けてチラシの上に並べれば、彼女の白い指が伸びた。
「……甘酸っぱい」
「初物だからでしょうね」
このデコポンを送って来た火の国の主たる質実剛健の肥後もっこすの顔を思い出す。
そのひと房が彼女の身体に溶け込むのを望んで贈ってきたのだろう、という事をぼんやりと考える。
しかしこのデコポンの大半は彼女以外の、俺やあわらのような近隣の仲間たちの胃に落ちるのであろうと思うとほんの少し可哀想な気もする。だがまあデコポンなんて一人で1個2個食えれば十分なのだし、仕方がない。
「ねぇ、鯖江。あとで眼鏡堅パンを用意できない?熊本さんと宇土さんの分」
「分かってますよ」
デコポンをひと房くちに放り投げると、目の前の彼女にも似た清らかな味がした。
鯖江と福井のお話。
3月1日はデコポンの日らしいので。