長い休みを貰ったんですよ、とその人は笑いながら言った。
電話越しに聞くその声に私の胸が大きく弾む。
『その休みを使って、そっちへ行ってもいいですか?』
「……是非!」
電話越しにそう告げると「じゃあ、計画が固まったらまた電話しますね」と告げて電話が切れる。
カレンダアで赤い丸を付けてから下に結城さん来福と書き記す。
矢印と片思い
福井駅の改札口に立ちながら、結城紬の彼の姿を探す。
「久しぶりです、」
「いえ、こちらこそ」
仕立ての良い紺の結城紬の上に黒の外套、皮手袋と帽子のその姿は銀幕のスタアのようだ。
矢羽柄の秩父銘仙の上に長羽織という和装にしておいたのは正解だったようだ。
「椿のブローチですか」
「はい、熊本さんから頂きました」
「……ああ、姉妹都市協定結んでいたんでしたっけ。」
肥後椿のブロウチを見て「奇麗ですね」と呟く。
服装を褒めてもらえたことは嬉しい、わざわざ永平寺町に相談した甲斐があった。
「ああそれと、お土産です」
手渡されたのは朱色のスカアフだ。私のために選んでくれたのだろう。
「いま、巻いてもかまいませんか?」
「私は構いませんよ」
袋からスカアフを取り出して首に巻くと、植物の香りがした。
一緒に入っていた紙によると植物染めの絹のスカアフだというのでこの植物の匂いは染料の匂いなのだろう。
「似合いますね」
嬉しそうに笑うその顔は一等美しい。
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この街の冬は雪か曇りが常で、今日も空は灰色だ。
見慣れぬ裏日本の冬を興味深げに眺めながら自家用車で北ノ庄城郭跡を目指す。
「福井には何度か来てますけどやはり関東とは違いますね」
「確かにそうですね」
「手土産に雪なんか持ち帰っても面白そうですね、きっと筑西が大喜びしますよ」
「素敵だと思います、ついでに越前ガニも送りますよ」
「おや、大盤振る舞いですね。カニを買っていく約束は既にしてあるのであとで市場に案内してくれますか?」
「はい」
赤信号で車が止まる。
助手席に座る彼に何を聞こう?何を話そう?と思案するが、話したいことも聞きたいこともたくさんあるのに口も頭もうまく動かせずに空転していく。
まじまじと見ていると驚くほど美しい人だ、と思う。
すっとした目鼻立ちの美しさ、黒曜の瞳の金属にも似た輝き、東国武士の武骨ながら美しいたたずまい。その視線はまっすぐに福井の街並みに向けられている。
「信号変わりますよ」
「ああ、すいません」
意識を車の運転に移す。
青信号が爛々と輝いて車を再発進させた。
「……福井は、美しい街ですね」
「はい」
「いつか、小山さんを連れてきて良いですか?」
自らの想い人の名を告げる声は微かに熱を帯びている。
結城さんの特別になりたいと願いながらもそれは出来ないことだと、ただその一言の声色で思い知らされる。
そう告げる彼に私はただ「はい」と呟くのみだった。
結城さんと福井ちゃん。叶わぬ恋に身を焦がすさまは可愛いと思っています。