恋に落ちる音と言うものが本当にあるのなら、きっとあの時鳴り響いたのだ。
「よろしくな、輪西」
手を伸ばして微笑んだ釜石の瞳は黒々と美しい輝きを湛えていた。
初めて出会った仲間はこんなにも美しい存在だったのだと思うと涙さえ出てきそうで、手を伸ばしてグッと握り返す。
「……よろしく!」
あの日からずっとあの姿に恋をしている。
心音の向こう側
「釜石、」
「うん?」
あの日から100年以上の月日が過ぎ、戦争も混乱も成長も遠ざかっていった。
だと言うのにその瞳の上質な石炭のような輝きは一つも失われずそこにあり続けていた。
ビルだらけの東京は冬の冷たい雨に打ち付けられ、ビルと同化した空は部屋の中にいても圧迫感があった。
「100年なんてあっという間だねえ」
「おう、そうじゃな」
「……八幡と、付き合ってるの?」
「藪から棒にどうした」
「前から聞きたかったから」
八幡が釜石に師弟愛以上のものを抱いていることは知っていた。
そしてそれが叶わなければいいと思い、この恋を叶えたいと思っている八幡の姿を恨んでいたすらいたくらいだ。
釜石と僕はただの友人でしかなく、それ以上になる事が出来ないことをこの100年以上の付き合いで悟っていたから余計に。
「付き合わんよ」
釜石がさらりと告げるので、僕は喜色を抑えた声色で「そうなんだ」と答える。
「神様に恋は出来んからな」
そう思うだろう?と言う目でこちらを見てくる。
ああまったく、君は罪深いね。
「どうだろうね」
100年の恋の心音はゆっくり死へ向かっていた。
恋を拗らせた室蘭と誰にも恋にしない釜石の話。