「伊勢甚と下妻」
「わっちも、年を喰っちまったねぇ」
「・・・・・・いきなり、どうしたんです?」
「いつのまにか、世間が変わっちまった。これを見てごらんよ。」
てちてちと叩いているのは新聞の経済面。
そこにはホットスパー買収の文字。
「あの噂、本当だったんですね・・・・・・。」
「わっちも風の噂では聞いてたけど、本当にそうだとはね・・・・・・。ホットスパーも私と同じ身、か。」
ひょいと下妻の肩の上に乗っかると、こんな事を言い出す。
「下妻、これからつくばのところに行くんだろう?」
「そうですけど・・・・・・もしかして、ライトオンさんに会いに行くんですか?」
「ああ、もうこのところ不景気が影響して日立電鉄もいなくなっちまったんでね。」
僕は少々重い猫又という名の荷物を肩に背負い、つくばさんの所に向かった。
* *
「日立電鉄最後の日。」
我輩はネコである。名は日立電鉄。
「主、我輩はこれで最後ですか?」
私より大きな主に問うと、静かに頷く。
「・・・・・左様ならば、我輩の最後の日をしかと見届けてください。日立の名に傷をつけぬよう努力する所存です。」
我輩は頭を下げて、でてゆく。
これが掟だと主は教えてくれた。
(企業とは人間に尽くす生き物である。)
これが定めと主は言った。
(企業を動かす人間とともに死ぬ覚悟を常に持て。)
これがこの世界だと主から聞いた。
(企業は人間が命綱を握っているのだから。)
「・・・・・・日立電鉄?」
目の前に立っているのは主の名づけ親の日立さん。
「日立さん、我輩はこれで良かったのですね?」
こくり、と日立さんは頷く。
「分かりました、伊勢甚たちによろしく伝えてください。」
吾輩はネコである。もう一つの名を『企業』という。
* *
「つくば、その他もろもろ。」
「・・・・・やっと来たのかい?日製(日/立製作/所)」
「遅れて申し訳ない。」
つくばの家の日当たりのいい部屋。(サンルームと言うそうだ)
そこを会場に指定したのはこの黒猫だった。
「遅いっすよー、もうご飯食べ終わっちまったんすけど!」
「お黙り、この若造ネコ。」
この若造の三毛猫はライトオン。人間の為の服を作ってる。
相変わらず無言で寝ているのはホットスパー。
「若造、ホットスパーを起こしてやっておやりんさい。」
「へーへー。」
「楽しそうだねえ・・・・・・」
「つくばさん、猫缶買い過ぎじゃないんですか?」
穏やかな春の午後、猫たちの会議が始まっていた。
おわり