そのひとは、悲しいことも苦しいことも全部煙草の煙と一緒に飲み込んで暮らしてきた。
「新しい煙草、カートンで買っといたよ」
「あんがと」
ねーちゃんはべりべりと包装紙を破いて新しい煙草の封を切る。
ワンカップの空き瓶にたまった煙草の吸い殻を俺に突き付けてくるので、黙って吸い殻を捨てておく。ほんの少し水を入れておくことも忘れない。
社員寮の小さな庭に繋がる窓のサッシに背中を預けてぼうっと月を眺めている。
「……なあ、」
「うん?」
「明日には、住友じゃなくなるんだな」
住友金属と新日鉄の合併の話が出たとき、一番複雑そうな顔をしていたのはねーちゃんだった。
俺たちに決定権はないから覆すことも出来ずにこうして見守っていくほかなく、多少揉めたりはしたものの結局合併は決まって明日からは新しい会社になる。
「釜石さんたちといっしょは嫌?」
「別に嫌いではないけど、ただ住友から切り離されるってのが上手く受け止めきれないだけだよ」
とんとん、と煙草の灰を空き瓶に落とす。
灰は水に落ちて小さな音を立てて沈んでいく。
「時代の流れってのは残酷だと思わない?」
「それを見守っていくのが俺たちの役割なんじゃないのかな」
「まあそうだけどさ」
お駄賃代わりに買った缶チューハイを開けると、秋の匂いがする。
此花と尼崎。姉と弟が見てきた一つの歴史の終わりの話。