冬と春を繰り返しながら、町は春へと近づいているのが分かる。
久し振りに丹南で集まって食事でもしようと言う武生の誘いで久しぶりに市街地まで来てみたが、市街地らしいガスの匂いにわずかに梅や桃の匂いが混ざる。
春めく町の片隅の一軒家の車を止め、助手席に置いていた能面とビニール袋を掴んで車を降りた。
「いっちゃん!」
「越前ちゃん、今立と武生いる?」
幼い少女がきらきらとした笑顔を向けながらこちらに寄ってくる。
「なかでごはん作ってる!」
「そう」
手土産は役に立つだろうか、とちょっと考えていると越前の後ろからひょっこりと眼鏡の彼が顔を出してくる。鯖江だ。
「池田、ひさしぶり」
「鯖江くんもおひさだね。越前ちゃんとあそんでた?」
「俺と南越前と越前で七並べしてた」
「七並べかあ、あとで入れて貰おうかな」
「そうだね。入りなよ」
丹南で集まって食事をするとき、会場はだいたい武生の家になる。
武生の言動に思うところはあれど幼いほうの越前に罪はないし、集まって食事をするのは楽しいものだから誘いを受けることはよくある。
「池田か」
「久しぶり、武生」
台所に入ると威風堂々とした立ち姿でフライパンを振るう武生がこちらに気付く。
若き料理人といっても違和感のないすらりといた体つきに男性的な顔つきのせいで誤解されがちだが、武生にはのどぼとけは無く女性であることに一目で気づける人は少ない。
「お土産あるんだけど」
「少し待っててくれ、もう少しで焼きあがるから」
フライパンに盛りつけられたのは大きな白身魚のムニエルだ。
小さなボウルから盛られるのは何かのソースらしい。
「あ、池田ひさしぶりー」
「今立も元気そうで」
後ろからひょこりと声をかけてきたのは今立だ。
いつも通りののんびりした雰囲気ではあるが、お盆を持たされているので配膳を手伝わされているという事だろう。
「今立、ムニエル並べておいて」
「はぁい。あと何か作るの?」
「池田のお土産次第だな。で、お土産は?」
「春の山菜の詰め合わせだよ。新タケノコに、フキノトウと、コシアブラと、タラの芽。全部今朝収穫したからあく抜きしなくても食べられるよ」
「おお……とりあえず天ぷらにするか。残りは鯖江や南越前へのお土産に」
「了解」
そう言うと早速調理台に向かい始め、タケノコやフキノトウを軽く水洗いし始める。
それを確認して広間の方に向かうと鯖江や越前ちゃんたちがトランプ遊びを始めていた。
「池田さん、お久しぶりです」
「南ちゃんおひさしぶり、越前くんの方も」
畳の床に丸く座ってトランプを切る南越前の横に腰を下ろし、越前ちゃんを膝に乗せる越前君に鯖江という顔ぶれだ。
「越前ちゃんと越前君が揃うと兄妹って感じがするねえ」
「似たような名前だと顔つきも似るのかもね」
「……それ、僕への嫌味ですか」
越前君がほんのりと苦い顔をする。ちなみに誰にも悪気はない。
同じ名前をした別人がいるというのもなかなかややこしい事だと丹南で集まるといつも思う。
「トランプ切ったんでどうぞ」
南越前が切ったトランプを数枚づつ手渡していく。
「ねえ南ちゃん、こればば抜きでいいの?」
「じじ抜きですよ。まあルールは一緒なんで問題は無いですけど」
そんな調子でじじ抜き始まりあーだこーだと言いあいながら、トランプを巡っては一喜一憂する。
「あげもののにおいがする!」
「ほんとだ、そろそろかもね」
2人の越前が笑いあっていれば、ふいに広間の扉が開いて「「天ぷら出来たよー」」とやってくる。
春の賑やかな食卓の中心で、山菜が笑っていた。
丹南を書きたいなと思って書いていたらどんどん収集付かなくなってきた産物。