仕事で九州に行ったついでに小倉の元へ足を延ばすと、月見酒がしたいという小倉の一言で旦過市場で揃えた肴とつまみが縁側を彩った。
「にしてもよく覚えてたよねえ、今日が十五夜だなんて」
「思い出しただけっちゃ」
「そうかい」
湯呑に注いだ酒に秋の満月がちゃぷちゃぷと揺れる。
秋の夜風がふわふわとほろ酔いの身体に心地よく、遠くから聞こえる街の音も愛おしい。
「小倉、」
「なんじゃ」
「お前が住友に来てずいぶん経ったけどお前とサシで飲んだことってあんまり無いよな」
小倉はどちらかと言えば気難しい部類の性格をしているから、人当たりの厳しいところがあって八幡なんかは顔合わせただけで口喧嘩が勃発する。まあ気難しいのは直江津も同じなんだが。
「そうっちゃな」
「もう数十年ぶりとかじゃないか?」
少し考えるように宙を向くと「20年ぶりとかじゃろ」とこぼした。
「もうそんな前か」
「おう」
小倉も随分と長い付き合いになったと思う。
顔だけなら浅野の高炉だった頃から知っているのだから、余計に長い付き合いのように思えた。
「楽しかったか、住友に来てから」
小倉が住友に来てから本当に色々あったものだ、と思う。
和歌山に高炉を建造し、高炉の操業技術が上がってが西側諸国最長の操業年数と呼ばれたり、鹿島が生まれてうちも賑やかになり、その住友金属も10年前になくなってしまい、もうすぐその名残も消えてしまう。
「……仕事の付き合いに楽しいもくそもあるか」
「それもそうだな、」
「でも和歌山と一緒に暮らして、お前と一緒に仕事したんは、ええ経験じゃった」
湯呑に映る月がざわりと揺らいだ。
(ああくそ、ほんと)
「お前いい男だな」
もっと素直に褒めて来られたら、惚れるとこだった。
小倉と此花。この二人は戦友だと思ってます。