八幡が宝山を特許侵害で訴えるという。
そんなニュースを聞いた時、何となく教え子だった宝山の事が心配になった。
新日鉄が技術供与して生まれた宝山の世話を俺に命じたのは八幡だし、宝山も俺にはよく懐いてくれた。
何というか、長男と末弟の喧嘩に巻き込まれて居場所がない次男のような、そんな言葉にしがたい居心地の悪さがぼんやりと胸の奥に渦巻いた。
スマホを手に取ってLINEを立ち上げる。
宝山の胸の内を聞いてみたいような、かえって火に油を注ぐのではないか、とぐるぐるした気持ちで言葉をまとめられず結局スマホを伏せた。
(……なんか違うことするか)
しかしこういう時に限ってやることが無いのが困りものだ。
とりあえず無心になれる事で検索をかけると料理-特にクッキーづくり-が良い、というので作ってみる事にした。
そういや卵と無塩バターがない。まずそれを買いに行くところからか。
―数分後
とりあえず無塩バターと卵、ついでに味付けに使えそうな奴とちょうど切らしてた牛乳を買ってきた。
レシピはネットで探したものを参考にする。
とにかくレシピ通りに材料を延々と混ぜているとそれだけに集中できる感じがして、少し気分が落ち着いてくる。
基本のクッキー生地ができた。3つに分けて味付けを変える。
まずはチョコチップ。どれくらい入れればいいのか分からず目分量でクッキー生地に練りこむと多すぎて苦笑いが出た。
(……まあ生地の状態で凍らせれば日持ちするらしいし、なんとかなるか)
次は抹茶。混ぜていくうちにじわじわと生地が緑に染まっていくのが面白い。粘土細工に似た感触を楽しみながらしっかりと混ぜ込む。
あとはそのままの味にしておこう。
これらをラップで巻いて休ませ、落ち着いた後に焼くらしい。
小麦粉とバターが切れるまで延々とクッキー生地を作っていくと気持ちが落ち着くような気がする。
2度目の生地作りでチョコチップを使い切ると、3度目の生地作りではほうじ茶の茶葉で味付けした。紅茶を切らしているので仕方ない。
バターと卵が切れた頃には100人前ぐらいはあるのでは?というほどのクッキー生地が生まれている。
「……無心にはなれたけどこんなに要らねえな?」
まあ焼いて従業員関連会社等々の人の胃袋に収めて貰えばよかろう。
試しに一つ焼いてみる事にしよう。
ぼちぼちお休みも終わらせていいだろうクッキー生地を取り出して、ナイフで5ミリほどにスライスする。とりあえず各味3枚もあればいいか。
残りは冷凍庫に戻し、オーブンで焼いてみる。
オーブンの中でクッキーが焼けるのを待っていると置いてあったスマホが音を立てた。
『君津老師、お元気ですか?』
「宝山……」
電話の相手は懸案事項の宝山だった。
このところずっと多忙にしてる宝山だ、仕事の隙間を縫ってわざわざ電話してきたのだろうか?
『私のために悩んでた声ですね』
「……多少はな」
『見た目の割に優し~い人ですからね、君津老師は』
「俺の見た目の事は別にいいだろ、八幡が急になんか言いだしてびっくりしたろ?」
『本当ですよ、吃驚しすぎてアイヤーのあの字も出てきませんでしたし!まあ私売られた喧嘩は買う人なのでね!気にしなくていいですよ!』
「買うのか」
『もちろんですよ。でも悪いのは八幡さんであって君津さんじゃないです』
「そうか」
オーブンから焼けた香ばしい匂いがして、残り1分もしないうちに完成する。
「色々落ち着いたらまた遊びに来いよ」
『はい』
オーブンがチンと音を立てたのでまた今度と電話を切る。
もう少しクッキーを練習したら、中国茶に合う味を考えよう。
何があろうとも宝山は可愛い弟子だから。
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君津と宝山。