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コーギーとお昼寝

市町村・鉄道・企業・スポーツチーム擬人化よみものサイト、オンラインブクマはご遠慮ください。

回る世界を追いかける

新年度を迎えた本社はバタバタと気ぜわしい雰囲気になっている。
昨今話題の新型ウィルス、本日付けで吸収合併される日新製鋼との雑務、組織改編に伴う仕事の山、年度替わりの雑務……と挙げればきりがない。
本来は出張不可のはずだというのにわざわざ八幡さんが私を呼び寄せてきたのはそうした雑務の山に埋もれてのことだろう。いつものことだ。
「おはようございます、八幡さん」
「お疲れ様です……」
ここ数日本社に詰めっぱなしだった八幡さんは少々疲れてるように見えた。
つけていた布マスクを外し、アルコール入りのウェットティッシュでさっと手指や周りの物を拭って隣の椅子に腰を下ろす。
「ウエットティッシュ貰っても?」
八幡さんにウエットティッシュを差し出すと、彼は手指や顔を拭ってから「さて、と」と話を切り出した。
「戸畑、この新年度からあなたに私の仕事を一部委譲しようと思うんですが」
「……はい?」
「今まで八幡製鉄所の仕事を全部あなたに代わりに処理して貰ってましたけど正式に権限を委譲しようと思いましてね。製鉄所内事案の決裁権、ずっと私が握ってましたけどきょう付で八幡製鉄所がなくなって九州製鉄所になっちゃいますしね。
私が持っててもしょうがないでしょう?」
あまりにも当然のことのように八幡さんは語る。
私は随分あっさりと八幡製鉄所であることを手放したな、と驚いて声も出ないというのに。
製鉄所の仕事を委譲するという事は私が八幡製鉄所の守り神も兼任することになる。
具体的に言うなら設備の異常が八幡さんではなく私の身体に痛みとして届けられ、製鉄所本人に決裁が求められる書類も私が最後の確認印を押すことになる。
「私はこの先、本社業務の比率が増えそうですからね。もうこれ以上仕事を抱えてられない……というのがまあ率直なところなんですけど。
もちろん私が権限を手放したところで私が日本製鉄の八幡製鉄所八幡地区であることには変わりありません。ただ、ずっとあなたに面倒なことを押し付けてるだけじゃただの悪い上司ですからね、ちょっとはその恩に報いようと思いまして」
「権限を増やすことが恩に報いることですか」
「そういう事ですね。私のところの設備があなたの言う事聞いてくれるかは未知数ですけど……まあ、私の言ったことには従ってくれますから」
八幡さんの表情は妙に穏やかだが、その本心は私にも読めないものだった。
「それでいいんですか」
「いいんですよ、完全に取り壊された日にはどうせ製鉄所内の権限はあなたに行くんです……いや、世界遺産になったから完全取り壊しはないですかね。どっちにせよ私が……八幡地区の全設備が稼働停止になって製鉄所としての機能を失う日もいずれ来るでしょう、その予行演習だと思えばいいじゃないですか」
八幡さんは実に淡々と言い放つ。
私はしばらく思考をこねくり回すため天井を見上げるが、結論はすぐに出た。

この人が私に仕事を委ねるというのならばそれに従うべきだろう、私の存在意義はこの人の下にある。

生みの親は私を八幡さんに買収させるために産んだようなものだった。親に与えられた生まれた理由に従わない理由は私にはない。
私が同意したとみると八幡さんは白紙にペンを走らせ、一部権限の委譲証明書になった。
「戸畑、ここにサインと押印を」
私はいつものボールペンをカチリとノックして、その名を書き込んだ。
すると少しだけ体が重くなったような感覚が身体に届いた、分かりやすく言うなら寝ている間に両手に一キロの重りを巻かれていたような、そんな感じだ。
「……ああ、これで多少は身軽になりましたね」
「私はむしろ少し重くなりました」
「でしょうね。私も新日鉄誕生時や住金との併合の時に指先が重くなった覚えがありますから」
身体の重さと権限の重さが連動してるとは知らなかった、と私が呟くと「まあそうでしょうね」と呟いた。
「でもすぐに慣れますよ、何より全部あなたの決裁で仕事が進むからいちいち私を待たずに済んで楽にはなるはずですよ」
「そうだと良いんですけどね」
八幡さんは「呉たちの様子を見てきますね」と立ち上がっていく。
私はまだ慣れない身体を少しづつ動かしながら、考える。

あの人は少しだけ軽くなった体で日本の製鉄業を腕に抱えたまま走り続けるのだろう。
恨まれようとも憎まれようとも、苦しい状況が続く鉄鋼業の未来をあの人なりに守りたいと思っている。
爆速で回り続ける世界をあの人は追い掛ける。私はあの人の帰る場所を守る。これからも永久に。

(……きっと、それでいいのだ)
それが私の生まれた理由ならば。


戸畑ちゃんと八幡さん。

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