Twitterで仲良くさせていただいてるもるんさん(@mrn_bmg )のカワサキさんをお借りした話。
カワサキ+葺合
「重工、夜分遅くに済まない」
突然の客人に重工は驚いたような顔をしながらこちらを見た。
「……いきなりどうしたんだ」
「顔を見に来た。手土産もある」
今はなかなか手に入りづらくなったどぶろくの四合瓶の入った籠を掲げれば、重工は突然の来客に惑いながらもとりあえず入るように告げてきた。
大したつまみは無いぞと言って出されたキュウリと茄子の浅漬けの小皿と湯呑を差し出し、、湯呑にどぶろくを注ぐ。
「しかし、いいのか?この物資不足の時に手に入れた酒を俺に呑ませて」
「どうせ一日で全部飲む訳じゃない、2合ぐらい先に呑んでも誰も怒らないだろう……いや、西宮は怒るか?」
「西宮に怒られても知らないぞ」
可愛い妹分にして川崎重工製鉄部門の紅一点の姿を思い返すが、重工に飲ませたのなら許してくれるだろう。
「だいたい良いのか?明日は株主総会だっていうのに」
「これを飲んだら帰る」
どぶろくを軽く口にふくめば、久しぶりの酒が身体に染み渡る。
酒なんて戦争が始まる前に呑んで以来のような気がする。
「美味いな」
「それは西宮に言ってくれ」
「……それを持ち出したのはお前の方だろう」
「まあな、」
湯呑の酒をちまちまと飲みながら漬物のきゅうりを齧る。
そうして湯呑一杯分のどぶろくが消え、二杯目も半ばになった頃だった。
「葺合、」
「うん?」
「本当にお前は出て行くんだな、」
明日の株主総会で川崎重工の製鉄部門の独立が承認されれば俺たちは川崎製鉄になる。
製鉄と造船を分離したところで得はないという重工を押し切り、これからは自らの足で歩いていくことを選んだのは俺たちだ。
「ああ、」
「寂しくなるな」
「確かにそうかもしれない。
でも俺たちは重工に育ててもらった身だ、それは未来永劫変わらない。
……ここまで育ててくれて、ありがとう」
ようやく言えた。
これを言うためだけに酒の力を借りるなんて情けないとは思うけれど、言わなければいけないという確信だけはあった。
「恥ずかしい事を言うな」
「でも今言わなければいつ言うんだ?」
重工は酒で薄朱に染まった頬を緩めて「そうだな、」と呟いた。
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1950年8月6日夜のはなし