「きーみがみ胸ーにーだかーれて聞くはー♪」
「なにその歌」
台所仕事のついでに蘇州夜曲を歌っていたら、西宮はさっぱりわからないという顔で直截的に聞いてくる。
「李香蘭の蘇州夜曲、知らない?」
「いや」
「そうかい」
葺合ももう少し映画や本を読ませておくべきだと思う。
もっとも、葺合の性格なら『甘ったるい映画見る暇があるなら勉強しておけ』と言うだろうし堅物もあそこまで行くと救いようがない。
出来上がった牛肉の大和煮を器に盛りながら、西宮の手元に目をやれば帳面にはびっしりと作り方の手順が書き込まれている。
葺合のためにわざわざ作り方を聞きに来るこの可愛らしい妹分はアレのどこに惚れたのか、と言うのはいつも思う事だ。
(まあ久しぶりに肉にありつけるのはありがたいけどねえ)
戦争が始まって肉や砂糖はみんな兵隊さんにとられて一般にはあまり回らなくなったが、軍に伝手のある西宮がこれらを持ってきてくれたのはありがたかった。
「出来上がった分、私らで貰っていいんだよね?」
「うん。葺合の分は残してあるから帰ったら作るよ」
西宮がにこりと笑うので、つくづくこういう風に笑う妹が欲しいものだと苦笑いした。
此花と西宮。
タイトルの曲は昭和15年の曲なので西宮と和歌山が生まれた次の年のものだから覚えてないのはしょうがないよね。