朝起きると、机の上には1ホールのガトーショコラとコーヒーが置いてあった。
「春江、これは?」
「坂井くんが置いていったみたいです、ほら今日は一日市町村会議で県庁に居ないといけないから……」
「ああ」
土地としての役割を終えて気ままな隠居生活に入った身である自分と春江と違い、坂井にはいまだ己の仕事がある。
だとしても朝っぱらからガトーショコラに熱いコーヒーなどよく準備したものだと思う。
食卓に腰を下ろしてスティックシュガーを一本だけいれればちょうどいい温度だ。
「このガトーショコラ、間にカシスジャムが塗ってある……」
「そらまた手が込んでるな」
「夜にでもお返し渡さないと不機嫌になりますよね……?」
「なるだろうな」
あまり当たって欲しくない予想に頷き合いながら昼間のうちにお返しを準備しようという事で決着がつく。幸い今日は降雪がないから買い出しには困らない。
ガトーショコラに口をつけると、濃厚なチョコレートのなかに甘ずっぱい果実の味がほんのりと広がってくる。
ガトーショコラを半分も食べ切ったあたりで、春江が首を傾げながら食べていることに気付く。
「どうかしたか?」
「あ、いえ……」
ガトーショコラを食べ進めながら、今頃県庁で坂井とあわらは何をしているのだろうかと考えていた。
(このガトーショコラ、心なしか鉄の味がするのは気のせい?)
三国と春江のバレンタインの朝。
ガトーショコラの異物混入については皆さんの想像にお任せします。