90年代の和歌山×直江津。
(……雨が降ってきた)
灯りを消した夜の工場に響くのは叩きつけるような雨の音。
積み上げた書類も片付いたので食事をとって寝ようと言う矢先だったのに、叩きつけるような雨音に恐怖に似た何かが這い寄ってくる。
「日本ステンレス、」
後ろから声をかけてきたのは、和歌山だった。
少しばかりこちらに用事があると言ってやってきて今夜はここに泊まるのは知っていたがもう寝ていると思っていた。
「……まだ起きてたのか」
「うん、まだ住友金属直江津って名前には慣れない?」
和歌山は薄暗い部屋でふっと笑った。
まだ併合して日が浅いのだから仕方ないだろうという気もしたけれど今は上司である和歌山に言い返しても仕方がない。
「直江津、きみはもううちの子なんだから早く慣れてね」
こくりと頷くと和歌山は小さく額に口づけをして「帰ろうか」と告げて俺の手を取る。
求められることは分かっている。こっちは和歌山が手を出しあぐねている彼の代わりをもう長い間しているのだ。
彼のどこを自分と重ねているのかを聞いたことはないし、この先聞くことも無いだろう。ましてこの身体に特別な執着もない。ただ求められるままに差し出すに過ぎない。
しかし夜雨が騒ぎ立ててくるこんな夜だけは、その望みに答えることで這い寄ってくる何かから意識をそらせるから幾分ましに思えた。
でも、やはり夜の雨は苦手だ。