あの頃の俺にとって、八幡は太陽だった。
東京湾の片隅に一人だった俺を慈しみ育ててくれた八幡と、兄妹のように育った東京、そして従業員。
それがあの頃の俺の世界の全てだった。
太陽が昇る海
1965年(昭和40年)4月の君津は話題性に満ちた春だった。
長く続いた漁協との交渉や米軍の飛行ルートに端を発した騒動が収束し、八幡製鉄君津製鉄所が稼働したのだ。
目が覚めてすぐに俺が初めて見たのは、目の前に広がる春の東京湾とその光だった。
「いた、」
ぽつりと呟いたのは俺よりも少し大きな姿をした礼服に身を包んだ少女だった。
適当に伸ばした髪をざっくりとゴムで止めた彼女はじっと俺を見た。
「八幡ぁー、君津いたよー」
「ああ……ここにいたんですね、君津」
仕立てのいいスーツを着た彼に名前らしきものを呼ばれた時、唐突に全てを理解した。
自分の名前が君津であること、そして自分がこの製鉄所の付喪神であること、彼らは自分の兄弟分のようなものであることを、ここで自分は生きて死んでいくことを。
そして俺はじっと二人を見た。
「君津。あたしは八幡鋼管東京工場、あんたとは兄弟分になる。呼びにくかったら戸田でいいから。」
「戸田はもう少し愛想よくしたらどうです?」
「兄弟分なんだし別にいいでしょ」
「ああ、話がずれましたね。私が八幡製鉄八幡製鉄所です、どうぞよろしく」
八幡からそばされた手を受け入れて握手をし、そのまま事務所へと連れていかれた。
そうして俺は人々からこの製鉄所を守る付喪神として歓迎され、ここで暮らすことになったのだ。
次へ幼少期の君津のお話です。たぶん7話くらいで終わるはず。
16.11.29東京の名前について修正。