「わたしは、よっかいち」
彼女はゆっくりと言葉を吐いて俺に手を伸ばした。
一瞬だけ見えた美しく輝く黒い瞳に、俺は一目で恋に落ちたのだ。
片恋よさようなら
四日市と出会ったのは、本社の片隅のうす暗い倉庫だった。
計画のまま肉体を持たずにいた存在であった彼女はほとんど見る事が出来なかったが、ときおり一瞬だけ見えることがあった。
その姿が今も網膜の奥に焼き付いている。
****
その後、俺はずっと四日市との再会を待ち望んだ。
あの美しい黒の瞳と再び出会い、触れる日を願っていたのだ。
しかしその夢は永遠に失われた。
「四日市の計画なら破棄されましたよ?」
「なっ……!」
「光から聞いてませんでした?」
「八幡さん、その言い方は」
踵を返して布団にこもると、ギリリと奥歯をかみしめた。
俺はもうあの子と出会う事が出来ないのだ。
それだけが俺の胸の奥に渦巻いた。
こうして俺は思い出したくもない真黒な暗黒期を迎えることになる。
「……きみが、君津なん?」
「そうばい」
君津の瞳には、四日市と同じ色があった。
艶やかで宝石のような漆黒。
(ああこの子は、四日市の生き写しだ)
「八幡弁なんやね、まあええけど。俺は八幡製鉄堺製鉄所な」
そうして俺は彼に手を伸ばした。
太陽の昇る海で言及した「八幡が操業して少し経った堺のもとに行くわけ」です。
操業開始直後(昭和36年上半期)に四日市と出会って、破棄されたのがその年の秋(建設事務所設置が9月)となります。いちおう。