「神様は恋に落ちない」を前提としたお話です。
京都から届いた小箱を片手に真夜中の神社で待ち合わせる。
月明かりに包まれた薄暗いお社の前で、白い振り袖姿の娘が一人立っていた。
「たま菊、」
「凛々千代さま、お待ちしておりました」
ふわりと微笑む彼女はとても愛らしい印象を受けた。
月明かりの下で輝く白い肌は白磁のように滑らかで美しく、紅の色は鮮やか、白い振り袖には秋の紅葉があしらわれている。
「すまないな、待たせてしまって」
「凛々千代様なら来て下さると信じていましたから、少しぐらい平気です」
「でも顔が随分と白い。だいぶ待たせてしまったみたいじゃな、すまん」
「……白粉のせいですよ」
まだ恋仲になって日の浅い娘が一途に恋人を待つのは何ともいじらしく愛おしく感じられ、すっとその身体を抱き寄せた。
たま菊の頬はひやりと冷たく、相当な時間待たせてしまったようだった。
「暖かい」
ぽつりとたま菊が呟いた。
しばらく抱き合ううちにたま菊の体が温まって来て、ゆっくりとその身体を離す。
「たま菊、これを受け取ってくれんか」
「……これは?」
「来週、お前さんをお座敷に呼ぶ。その時につけてくれ」
「凛々千代さまがそうおっしゃるなら」
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翌週、室蘭からの客人をもてなす宴が開かれたま菊も芸者の一人として座敷に呼ばれた。
そこには輪西も臨席しての大宴会である。
「ねぇ釜石、」
「おう?」
「あの三味線弾く芸者さんの花かんざし、釜石があげたものでしょう?」
「……その通り。可愛かろう?」
にやりと笑うと輪西は呆れ気味に溜息をついた。
「自分のお気に入りの根付と同じ紅菊のかんざしなんて、ずいぶん惚れ込んでるんだねえ?」
赤い菊の花言葉:あなたを愛しています