「国境のエミーリャ」を読んでたら思いついたお話です。
タイトル通りif世界の日本についての話なので苦手な方はお気を付けください。
「もし、ソ連と英米による分割統治が行われてたら私たちどうなってたんでしょうね」
二人での小さな酒宴のさなか、ふいに八幡がそんなことを言い出した。
その手には昼間、室蘭が面白がって読んでいた漫画がある。
室蘭に勧められて少し読んだがこの漫画はソ連統治下の日本を舞台にした話だったな、と思い出してその思考に辿り着いた理由も分かった。
「……一番に考えられるのは富士製鉄が誕生しなかったこと、だな。広畑はアメリカの直接統治だったら向こうの企業に売却されてただろうし、室蘭はソ連の国営企業になってたろうな」
「釜石は?」
「わしはあの時死にかけの身の上だったしな、良くて永遠の眠り姫ってとこじゃないか?」
復旧させるというのは言葉でいうのは容易だが実際に行うのは難しい。
壊滅状態になっている製鉄所をわざわざ復旧させるより、別の地域に一から作った方が早いと判断されて永遠に放棄されたまま……という可能性は十二分にあり得た。
釜石という土地は鉄鉱山はあるが、山と海に挟まれて土地が狭く道路や鉄道移動の不便さを考慮すれば放棄という選択は有りうる。
もっとも、当時まだ残っていた川鉄久慈をソ連が接収して三陸縦貫路線を引いてくれれば釜石復旧の余地はあるかもしれないが……まあ細かいことを考えるのはやめよう。
「そうなると私は本当に一人になる訳ですか」
「寂しい顔をするなよ、これは仮想の話だろう?」
「そうですけどね」
八幡は酔いに任せて甘えるようにしなだれかかる。
「つくづく、今の未来に辿り着けて良かったです」
日本が分割統治される事なく、釜石の復旧や広畑の争奪戦、そして駆け上るような戦後復興と、新日鉄の誕生。
「あなたと死に別れるなんて御免です」
「……お前は昔っからわしが好きだなあ」
「好きですよ、愛してます」
八幡の黒い髪をなでると油気のないさらりとした指ざわりがする。
こうして軽く甘やかしてやれば八幡は嬉しそうに頬を緩めるのだった。