寂しい時は甘いものを食べるといい、甘さは心を落ち着けるから。
そう言ったのは姉だった。いまはもうここにいない、たったひとりの姉。
「こんばんわ、呉」
こんな遅くにごめんねと告げると呉は「いいんですよ」と言ってくれた。
閉店ギリギリにケーキ屋さんに飛び込んで購入したパイをどんと机の上に置く。
「これ、好きでしょ?エーデルワイスのクリームパイ」
「……クリームパイよりレモンパイの方が好きなんですけどね」
「そうだっけ」
そうとぼけてみるけれど本当は甘いものの方がいいから避けただけだ。
コーヒーでも淹れるよと告げると大丈夫と呉が言う。
お店の人がつけてくれた大きなプラフォークをケーキに突き刺して一口に切って、そのまま静かに咀嚼する。
「おいしい」
「うん」
黙々とケーキを食べる呉をただ静かに見守りながら、何もかもが嘘であればいいのにと思う。
もうこの世界にいない姉のことも、この世界を去る呉のことも、何もかも嘘であってほしかった。
「周南も、少しどうです?」
「……ううん。呉が帰ってきてくれると約束して」
その約束も八幡や偉い人たちの意思で翻意にされることはわかっている。
ただ、その気持ちだけでも欲しかった。愛する人を一人にしないという呉の想いが聞きたかったのだ。
「最後には絶対に帰ります、あなたの横に」
そう告げる声は少しだけ震えていた。
周南と呉。