翌日。
真夏の日差しの下、大阪湾の見える公園で此花は水筒片手に私を待っていた。
「……葺合はそう言う方向か」
「本人はね」
「気持ちは分からんでもないさ」
此花は煙草をもみ消して深い溜息を吐く。
「ただでさえそっちは独立するしないで揉めてて、元々自前で高炉を持つのは西山さんと葺合の悲願だ。他所と一緒になってまで得るもんじゃないんだろう。
……それに極端なこと言えばそっちは知多に高炉増設すればいい話だしな」
此花はそう言って私を見た。
私達で唯一東海地方にいる知多は戦中に高炉を作る前提で設計され、終戦で計画は水泡に帰したが高炉を作ること自体不可能ではない。
「そっちだって、」
「うちはうちで色々あんのさ、あたしとしては出来れば広畑を獲得したい」
「一応葺合には伝えておくね。たばこ一本貰っていい?」
「どうぞ」
煙草を一本貰ってから、ついでに火も此花の煙草からお裾分けしてもらう。
「そういえば、広畑本人はいったいどこにいるんだろうね?」
「製鉄所のどっかで寝てんじゃないのか?休止中なら動けないだろ」
「ふうん……」
私はぼんやりと考える。
(広畑本人の意思は、いったいどこにあるのだろう?)
それは私か考えても仕方のない事ではあったけれど。
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その年の10月、私達は再び八幡さんに呼ばれてあの会議室にいた。
とは言っても実際に行ったのは葺合で、予定よりも早く帰ってきた葺合は不機嫌そうにちゃぶ台の前に座って「水、」と私を呼んだ。
湯呑に入った水を一気に飲み干してからそれはそれは深い溜息を吐いた。
「……クソみたいな茶番に付き合わされた」
「茶番?」
「広畑は富士製鉄に入る事になった」
「えっ」
「だから途中で帰ってきた」
「怒られなかった?」
「此花は一緒に説得してくれって言ってたがめんどくさいから帰ってきた、昼飯は?」
「ごめん、まだ準備できてなくて」
「なら今からでいい、散歩してくるからその間に頼む」
そう言ってまたどこかへと出かけていく。
私は少しだけ悩ましい気分になりながら、お昼ご飯の魚を焼く準備を始めた。
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