巨大化する千葉に並行し、水島の誕生、いくつかの工場の廃止、事業の譲渡と新事業の開始、葺合の足は止まることが無かった。
そして私もまたそれを追いかけてきた。
しかし、いつかはその足も緩んでいくのだ。
1978年(昭和53年)、冬。
「此花!どうしよう!」
「何の前触れもなくどうした……?」
「葺合にプロポーズされた!」
「は?」
とりあえず落ち着け、と私を机の前に座らせてお茶を淹れ始める。
ほかほかと湯気を立てる煎茶を一口呑めば心も少し落ち着いた、やっぱりコーヒー紅茶よりも緑茶の方が落ち着く気がする。
「とりあえずプロポーズって何さ」
「あ、いや、えっと……冷静に考えたら、あれプロポーズでも何でもなかったのかも」
「いや実際どうだったかは別にして何があったか説明してくれないと困るんだが」
「ええっと、葺合と私が来年春に統合されて阪神製造所になるからってこれを」
机の上に私は一つづつ渡されたものを並べていく。
古い万年筆、新品のカード入れ、川重兵庫の名前の刻まれた布のブックカバー、青いハンカチ、そして綺麗に磨かれた6ペンス銀貨。
「……サムシング・フォーだな」
「だよ、ね?」
唐突に電話のベルの音が響いて、ちょっと待ってと此花が席を立つ。
私が葺合に渡されたモノたちを見ながら考え込んでいるうちに此花が戻ってくる。
「夕方になったら迎えに来るってさ」
「えっ?」
「あと、それは間違いなく葺合からのプロポーズだよ」
私が固まっていると「祝杯でも開けようか?」と冗談交じりに聞いてくる。
「葺合のことずっと好きだったんだろう?」
「うん……きっと、生まれた時から」
此花は私の顔を驚いたように見つめてから、「じゃあ祝杯だ」と笑ってくる。
「でもお酒はダメ、迎えに来てくれるのに酔ってたら恥ずかしいから」
「はいはい、玉露でも開けるよ」
そうして此花が私の前に高級な玉露を差し出し、湯呑の玉露で乾杯をした。
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