「起きたか?」
目の前に広がるのは毎日見ている天井と、釜石の姿だ。
しかし自分の知っている釜石の姿よりも明らかに若く14,5の青年であり、、着物も自分が知っている釜石よりも少し華やかに朱色の羽織をしている。
(ああ、これは夢か)
きっと自分が生まれた頃の、官営の2文字を背負っていた頃の自分の夢だ。
「……はい」
「おはよう、官営八幡製鉄所」
初めて出会う自分の仲間に向ける慈しみの目は穏やかで温かな色彩を帯びている。
こうして振り返ってみると彼の眼はこんなにも温かだったのかと思う。
今では随分とあいまいになった出会いの日の記憶をこうして見返してみて気づくこともあるのだなあと思った。
「火入れの日にお目覚めとはなええタイミングで起きるもんじゃ。
……ああそうじゃ、自己紹介せんといけんな。わしは田中鉱山釜石製鉄所、これから1年お前さんの面倒を見ることになる。」
「かまいし」
「おう」
ころりとその名前を呼んでみれば返事が返ってくる。
当たり前だけれどそれが何故だか嬉しく感じられたことをいまも覚えている。
ゆっくりと起き上がって辺りを見渡せば西洋式の家具一式が揃えられているのを見て、この頃の私たちは本館の隅に西洋式の部屋を一つ割り当てられていてそこで生活を共にしていた事を思い出した。
「着替えてあいさつ回りじゃな、着替え取ってくるから待っとれ」
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基本的な知識は受肉をした時には与えられていたものの、その知識のほとんどは日本のものでお雇い外国人の話すドイツ語や西洋式の習慣は新たに覚えなおす必要があった。
書籍や技師たちの会話を聞いて独逸語を学ぶのと同時進行で釜石から製鉄所としての知識を与えられる勉強漬けの日々。
覚えなければならない事の多さに目まいがしそうになる事も多かったが文句をいう訳にはいかなかった。
自分が背負っているのはこの国の礎となる鉄で、まして神様の端くれとして10月には出雲へ行く身なのだから文句など言うものではないと思っていた。
11月には東京から人を呼んでの作業開始式が行われることもあって学びには熱が入った。
「お前さんは勉強熱心じゃな」
「だって、そうしないと駄目なんでしょう?」
「ほうじゃがもう9時前じゃ、子どもは寝とけ」
「ねむくないです」
ぷいっと視線を逸らして本に視線を向けなおせば、後ろから本を取っていく。
釜石は少しだけ怒ったような声で「勉強せえとは言ったが睡眠と食事を怠れとは言うとらん」と私に言う。
「……分かりました」
諦めて机を離れてそのまま私は眠りについた。
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