施設内はまだ設備が十全ではないので、俺は会社の借り上げた部屋に東京と一緒に暮らすことになった。
本来なら八幡が共に暮らすことになるのだが、まだ操業開始から日の浅い堺の存在や豊橋の製鉄所構想もあって八幡はかなり多忙だったので代わりにという事だった。
「君津ー、夕飯食べないのー?」
「食べるに決まっとろうが!」
「……前から疑問だったんだけど、なんであんた北九弁なの?」
「知らん。気づいたらこうやった」
この頃の俺はずっと北九弁を使っていて、東京はいつもそれを変なものを見るように見てくるのだ。
もっとも、この頃の君津の街なかは八幡から多くの人が転居してきて町中には北九弁が響いているような状態だったので決して不自然なものではない。
とはいっても一応俺はこの土地で生まれた付喪神なので東京からすれば不自然に見えたのだろう。
「君津、戸田、邪魔しますよ」
「八幡が来たばい!」
バタバタと俺がその声の方に突進していけば、仕事上がりのスーツを纏った八幡の姿があった。
そして迎えに来た俺を見ると軽く目じりを下げて喜ぶので、俺はそれを見るといつも幸せな気持ちになれた。
「八幡、何しよん?」
「君津の顔見にですよ」
そうして俺の頭を軽く撫ぜてからいつも部屋にあがってきた。
机の上には東京が自ら拵えた魚の煮つけと青菜のおひたしにごはんとみそ汁が並ぶ。
食事作りは見た目こそ幼いがひとり暮らしの長く、まだ《男子厨房に立つべからず》という時代の名残りもあって東京の役割になっていた。
いつ八幡が訪れてもいいように三人分の夕飯を作っているから東京がふらりとやってきても対応できたし、残っても近所に住む顔見知りの胃に収まっていた。
「戸田は本当に料理が上手ですねえ」
「一人が長かったからね、あと君津は好き嫌いしない」
「そうですよ、しっかり食べないと大きくなれませんよ。食べることも私たちの務めです」
「分かった……」
「明日は来客があるんですから、人前で好き嫌いしないでくださいね」
「来客って?」
「ああ、明日釜石と都内で会うんです。そのついでに君津や戸田の顔を見に行きたいと。君津とはまだ会ってないでしょう?」
「なるほど。ついでにご飯も食べてくってこと?」
「そういう事です」
釜石の名前はうっすらと聞き覚えがあった。
(八幡の知り合い、かぁ)
どんな人なのだろうかと考えてみたけれど、全く想像がつかない。
ただ八幡がその名前をあげたときに、ひどく楽しそうな顔をしていたことだけが瞼に焼き付いていた。
****
あくる日の昼過ぎ、釜石は八幡と共にうちへやってきた。
5月の眩しい日差しで冷たいものが食べたいからと東京が作ったひやむぎと、八百屋に出ていた蕨やたけのこの天ぷらが食卓を彩った。
「初めまして、富士製鉄釜石製鉄所じゃ。よろしゅうな」
青い単衣の着物に身を包んだ八幡よりも年上らしい男性が俺に笑いかけながら軽く頭を撫ぜてくる。
その後ろで八幡がどこかとろりと溶けたような瞳で俺たちを見ていた。
「子供の頃の八幡によぉ似とるな」
「そうですか?」
「髪質とか目元の印象とかそっくりじゃぞ」
「よく分かりませんけど……釜石が言うなら、そうなんでしょうね」
「おう。君津、お前はきっと今に賢くなるぞ」
「八幡よりおおきなって仕事いっぱいするようになれるん?」
「間違いなくなれるぞ」
釜石の無邪気な褒め言葉を受け入れて素直に喜ばしい気持ちでいた。
いま思えば無邪気なものだと笑ってしまうが、そんなこともあったのだと温かな気持ちにもなれる良い思い出だ。
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