その年の暮れ、八幡と東京で会うことになった。
同じ時期にお互い東京へ行く用事があったので久しぶりに顔を突き合わせて酒を飲みたい、という八幡の熱意にこちらが折れたとも言える。
神田の小さな宿屋の部屋に酒の肴を片手に押しかけてきた八幡はとにかく荒れに荒れていて持ってきた一升瓶を一人で飲み干し、まだ酒が足りないと宿屋の女将ににごり酒まで持ってこさせる始末であった。
「……私はね、嫉妬してるんですよ」
「は?」
「最近よくたま菊って娘の話をしてるでしょう?」
「そ、うか?」
八幡からの視線を反射的に避けても八幡のきつい視線は変わらない。
まるで亭主の不貞を疑う妻の詰問だ。別に自分たちは夫婦でも何でもないのだが。
「ただでさえ岩手と福岡で遠いっていうのに特別がどんどん遠ざかる、製鐵合同が成し遂げられれば小倉や神戸まであなたの身内になるんですよ?」
「いやでも、小倉や神戸とはせいぜい神無月の出雲でしか会うたことないぞ?」
「だいたいいきなり民間と一緒になれだなんて無茶ぶりにもほどがありますよ!この先身内になるだろう奴だけじゃなくて、たま菊って子にまで嫉妬する私の健気さを少しは褒めてくださいよ」
「あー、ほうじゃな。とりあえず酒はそのくらいにしとけ」
日本酒の瓶を八幡から奪い取る。
「もう飲むなってことですか」
「ぼちぼち寝る時間じゃろ」
「……分かりましたよ」
不機嫌そうに
自分は深い溜息を吐く。
(しかし、そんなにたま菊の話をしてたか)
少しばかり溜息を吐いて、窓の外に浮かぶ冬の月は静かに部屋のうちを照らしていた。
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年が明けてから東京に戻り、神社の鳥居で待ち合わせていたたま菊に東京土産の榮太樓飴を手渡せばたま菊は嬉しそうに微笑んだ。
「姐さんらには内緒にな」
「はい」
可憐に微笑むたま菊はまさに芸者らしい顔とも言えた。
薄い月明かりの下であってもその瞳の輝きはきらきらとまばゆいばかりだった。
「凛々千代さまから手土産を頂けて幸せです」
「そうか」
「いただきます、」
こんな風に誰かを愛おしいと思えたのは初めてだった。
もう既にこれが世間が恋と呼ぶものだというは分かっていた。
自分が与えた榮太樓飴をひとつ口に転がすたま菊は美しいおんなであった。
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