春うららかな日にしかめっ面をした灰色のおじさんたちが会議室の長机に並んでいる。
富士と八幡の合併を巡る議論はついに公聴会などという大騒ぎにまで発展し、大広間の会議室には政財界のお偉方や鉄鋼業を代表する顔ぶれが立ち並んでいる。
「ここが正念場ねえ」
神戸が皮肉めいた口ぶりでそんな台詞を吐いた。
私達は公聴会の様子を見るために準備された空間で、茶を片手にその様子を見守ることにした。
「貴女反対でしたっけ?」
「正直どっちでもいいわ、私は神戸製鋼という私の証明を残せればそれでいいもの」
「……そうですか」
そうして、運命の公聴会が幕を開ける。
賛成派と反対派の意見が入れ代わり立ち代わり伝えられ、来る日も来る日も討論が続く。
「基本的には全員賛成なんだな……当たり前か」
釜石が意外そうにつぶやくと、葺合が呆れたように溜息を洩らした。
「全員薄々いつかそうなるだろうと思っていたことだからな」
「あー……やっぱそうなのか」
「残りはそれぞれの利益や自社の被害を最小限に食い止めるための工作に過ぎない」
「そうなんだろうな」
釜石がなにか寂しいような困ったような声で呟いた。
葺合がその意味を問うような眼で釜石を見ると寂しそうに告げた。
「仲間が増えると同時に食い扶持争いが起きる、そんな当たり前を痛感しただけじゃ」
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8月、広聴会が終わっても唯一解決していない問題に私はぼんやりと頭を悩ませていた。
全くまだ頭が痛いと深い溜息を吐くと「八幡、」と後ろから声がかかる。
光沢のある赤のドレスを着た神戸が後ろに立っていてにこりと笑いながらこう言った。
「今から一緒に食事でもしない?」
「私に奢らせる気じゃないでしょうね?」
「まさか、私が払うわ」
「……どうせロクな頼みじゃないんでしょうけど、いいですよ」
どうせこの頭痛の種はそうすぐに消えてくれそうにない。
神戸の金でいいものを食べて気を紛らわすぐらいは許されるはずだ。
彼女が選んだのは高価な中華料理屋で、くるくると回るテーブルには回鍋肉やら餃子やらが並ぶ。
「今度停止する予定のあなたのところの東田第6高炉、あれ私に譲ってくれない?」
神戸が唐突にそんな口火を切る。
食べていた北京ダックを取りこぼしそうになる私を横目に、神戸は紹興酒をくいっと飲み干した。
「……恩を売りに来ましたか」
「そんなんじゃないわ、うちも生産力を上げたいのよ」
「生産力ね」
「これは本当よ、別にあなたたちの合併に反対する気はないもの」
残った北京ダックを思いきり口の中に放り込んで飲み下す。
「分かりました」
直接借りを作るのは癪だが仕方あるまい。
「東田第6高炉は休止ではなく神戸製鋼に譲渡、それで上に話しておきますよ」
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