忍者ブログ

コーギーとお昼寝

市町村・鉄道・企業・スポーツチーム擬人化よみものサイト、オンラインブクマはご遠慮ください。

海の向こう、あの河の果て

半ば無理やり眠らされていた状態を叩き起こしたのは釜石だった。
「久しぶりに起きたなあ」
「俺、眼の色変わってない?」
「変わってないさ。広畑製鉄所は富士製鉄……お前さんには北日本製鐵と言ったほうが良いか、とにかくうちで引き取ることになった。
それに伴ってちょうどさっきお前さんの高炉に火を入れ直したばっかりなんだ」
5年に及ぶ眠りから目覚めてみれば総理大臣は変わり、経済界は好景気に沸き、年齢の唱え方まで変わっている始末だ。
しかし不穏な感情を一番強く煽ったのはある新聞記事だった。
「……仁川に米軍が上陸?」
首を傾げていると様子を見ている八幡が「ああ、知らないんでしたっけ」と呟いた。
「朝鮮半島が南北で別の国になったときはもう寝てましたっけ?」
「知らない」
呆然と呟くと今海の向こうで起きている戦争について滔々と説明してくれた。
その説明の半分もうまく理解できなかったけれど、よぎったのはひとりの仲間の姿だった。
「……清津は?」
同じ拡充計画の下で生まれ、一日違いで発足した兄弟も同然の彼の名がその口をついた。
海を隔てているからちゃんと顔を合わせたのは一度か二度だけれど、俺たちは兄弟も同然だった。
「清津はもううちの人間じゃないですよ」
「別れたとしても俺にとっては兄弟だよ」
八幡は少し考えこんでから、慎重に言葉を継いだ。
「正直ちゃんとした事は分かりません、北も南も軽率に壊しはしないでしょうけどいかんせん戦地のことですからね」
「いつ会える?」
「早くても戦争が終わるまで、最悪の場合はあなたという存在がここから消えるまで」
「北の政権下に入れば手紙すら貰えなくなる?」
「可能性は高いでしょうね」
その言葉に呆然とした。
人間よりも長く生きられるこの身であっても二度と会えないということは、絶望的な心境に落とさせた。
「清津のことを気にしてもしょうがないでしょう、広畑」
「気にするよ」
「……そういう事を気にすると気を病みますよ」
八幡はそんな冷めたことを言う。
俺には無理なことだ、と思いながらももう二度と逢えないかもしれない彼を思って静かに泣いた。




テレビで朝鮮戦争の話をやっていたのでつい考えてしまった広畑のお話。

拍手

PR

ボードゲームができない

「粗鋼生産量世界第二位、おめでとう」
思ったよりもすんなりと口からこぼれたセリフは宝山の表情を驚かせた。
「……怒らないんですね、老師」
「わざわざ怒るかよ、弟子は師匠を超えるものだろ」
八幡は不機嫌になるだろうが俺としてはそちらの気持ちの方が少しだけ大きかった。
微かに目を細めて「なら良かった」と呟いた。
宝山製鉄所、その日中共同の超巨大プロジェクトは常に政治と民衆に振り回されて複雑で困難で耐え忍ばなければいけないことがあまりにも多すぎた。
だからと言ってこいつ自身を恨んでも仕方がない、あの思い出しただけで頭痛を起こしそうになるような無茶苦茶は時代と政治のせいだ。
「もう、お前が二度と政治の道具にならないことを祈るよ」
政治というボードゲームの駒になってしまったこの弟子が、自らの足で飛ぶ日を待っている。



君津と宝山。

拍手

世界で一番美しい呪い

大阪の街は焼野原であった。
ありとあらゆる建物が瓦礫となり老若男女が行き交って暮らしている。
唯一の救いはもうあの耳をつんざくようなサイレンを聞かないで良いことぐらいで、焼野原の何もない街はどん底以外の何物でもない。
まだ小さな和歌山は手を掴んだまま、尼崎は一言も口を開かないまま大阪の街を歩いていた。
「……尼崎、」
「なに?」
「仕事が増えるよ」
「何さ急に」
「この焼野原に新しい街を作るんだ。ゼロから道を、ビルを、鉄道を、新たに作り直す。そのために必要な鉄を生む、それが私たちの存在意義だ」
「……そんなの分かってる」
尼崎の目は何かを堪えるようであった。
それは当然のことであった。
住友家にもう私たちを守る力が無い事も、生き延びるために多くの仲間が去り行く運命であることも、そして自分たちの作ったモノの哀しい末路も、見ないふりなんてしていられなかった。

「俺はこんな未来のために生まれたわけじゃない」

それは本音であった。
全てはまやかしで、その砂上の楼閣はあの雑音まみれのラジオによってただの砂になったのだ。
「ああ、それは私もだよ」
砂上の楼閣はついえた。
「あまがさき、」
和歌山がふいに声をあげた。
「あそこ、おはながさいてる」
指をさした先には一輪だけ花が咲いていた。




旧住金組の話。終戦記念日にちなんで。

拍手

いつかの夜の話

そのひとは、悲しいことも苦しいことも全部煙草の煙と一緒に飲み込んで暮らしてきた。
「新しい煙草、カートンで買っといたよ」
「あんがと」
ねーちゃんはべりべりと包装紙を破いて新しい煙草の封を切る。
ワンカップの空き瓶にたまった煙草の吸い殻を俺に突き付けてくるので、黙って吸い殻を捨てておく。ほんの少し水を入れておくことも忘れない。
社員寮の小さな庭に繋がる窓のサッシに背中を預けてぼうっと月を眺めている。
「……なあ、」
「うん?」
「明日には、住友じゃなくなるんだな」
住友金属と新日鉄の合併の話が出たとき、一番複雑そうな顔をしていたのはねーちゃんだった。
俺たちに決定権はないから覆すことも出来ずにこうして見守っていくほかなく、多少揉めたりはしたものの結局合併は決まって明日からは新しい会社になる。
「釜石さんたちといっしょは嫌?」
「別に嫌いではないけど、ただ住友から切り離されるってのが上手く受け止めきれないだけだよ」
とんとん、と煙草の灰を空き瓶に落とす。
灰は水に落ちて小さな音を立てて沈んでいく。
「時代の流れってのは残酷だと思わない?」
「それを見守っていくのが俺たちの役割なんじゃないのかな」
「まあそうだけどさ」
お駄賃代わりに買った缶チューハイを開けると、秋の匂いがする。




此花と尼崎。姉と弟が見てきた一つの歴史の終わりの話。

拍手

拝啓、金子直吉様7


拍手

バーコード

カウンター

忍者アナライズ