#企業擬人化夜の真剣創作60分一本勝負に参加した作品
「……素朴な疑問なんだけど、」
和歌山が何かを思い出したように突然口火を切った。
人目につかない串カツ屋のの隅っこには私と神戸が三人でアルコールをあおっていた。
「これ、別に連携会議でも何でもない……です、よね?」
「まあ確かにそのとおりよね、どう見ても会議の後の飲み会でしかないわね」
神戸の手には赤玉スイートワインの炭酸割とアスパラベーコンの串カツが並んでいる。
そのわりに普段のお嬢様然とした雰囲気があまり損なわれていないのは、神戸の生来の気質であろうか。
「和歌山、」
「はい?」
「あなたまだ100年も生きてないからあまり知らないんでしょうけど、製鉄業は常に国の統制を受ける産業ですからこうやって一緒に酒を酌み交わすのも必要なことですよ」
「ビール片手だと言い訳にしか聞こえないのが不思議デスネ~」
和歌山の視線が完全に訝しみの目である。
3杯目のビールと串カツの皿を空っぽにすると、お代わりのビールと串カツを注文する。
「和歌山は酒嫌いでしたっけ?」
「嫌いじゃないですけどね。すいません、レモンハイのお替りください」
そう言いながらも二杯目のレモンハイを注文するあたり此花の血を感じる。
届いたビールと関西特有の紅ショウガ串カツに手を伸ばすとさくりとした良い歯触りだ。
「和歌山、」
神戸が不意に思い出したように言う。
「製鐵合同って分かる?」
「官営と民間の製鉄企業数社を国の主導で一緒にして日本製鐵にした件ですよね?俺が産まれる前だからよく知らないですけど」
「そう、うち(神戸製鋼)や住友は参加してないけど次に似たようなことがあれば間違いなくうちが買われる」
「今高炉メーカーで合併してないのって神戸さんのとこぐらいですもんね」
「こいつがあっちこっち合併するから単独で残ってる高炉メーカーはうちだけ、住金も日新も……」
「何でそんな私が悪いみたいな口ぶりなんですか」
「そのうち全部こいつの傘下にされるわよ」
「独禁法に引っかかるからしませんよそんなこと」
「富士と八幡の併合の時独禁法に引っかかるから高炉引き受けたのは誰でしたっけー?」
「はいはい神戸製鋼あなたです!」
「二人とも酔ってます?」
「「酔ってない!!」」
神戸はともかく、私はまだ正常の範囲内だ。
和歌山の目がどこか遠いもののような気がするが気にするまい。
「とりあえず串カツ食べましょうよ、カツが冷める前に」
ししとうと豚の串カツを口元に押し付けてくるので、とりあえずソースのついてないししとうの串カツを黙って受け取った。
「……慣れてるのね」
「まあ、それほどでも。此花に住金の代表権譲られてそれなりに年数経ってるので」
「此花がいたらめんどくさい明治生まれに絡まれずに済んだのにねえ」
神戸が皮肉めいた口調でそんな事を言う。
オイコラあんたも明治生まれでしょうがと言い返したくもなったがやめておこう。年下に仲裁されるようなことして色々言われるのはごめんだ。
「でも二人とも明治生まれじゃないですか,俺みたいなギリ戦前生まれには同じくらいに思えますけど」
意外にばっさり言い切ったな、と思いながらししとうの串を齧る。少し冷めてしまったが美味しい。
「……そうね」
「まあ年齢に関係なく美人は美人ですし」
和歌山がさらりとフォローを差し向けてくる。
「まあ、それもそうよね!」
腕時計を確認するともう10時だ。
「そろそろ帰りますね、釜石にグッドナイトコールしたいので。お代は置いてきます」
「はいはい行ってらっしゃい」
「あ、おやすみなさい……」
五千円札を置いてい行き、足早に店を出る。
さて、あちらの様子はどうなってるだろう。
そう思いながらスマートフォンをタップしていた。
蛇足
「あの、」
「なに?」
「八幡さんが釜石さんにグッドナイトコールしてるって……」
「ああ、なんか週末だけしてるみたい。八幡怖いわよ、明治の頃は相当な頻度で手紙送ってよこしてたし今は一日最低3回はラインが来るって」
「……此花が『八幡の釜石に向けるありとあらゆる奇行はこっちに被害がない限り無視しとけ』って言われた理由、ようやくわかった気がします」
「それはよかったわ」