「疲れた」
水曜日の夜、ぼそっと口から洩れた言葉にスティーラーズと加古川が眼差しを曇らせる。
「……姉さんお疲れですか」
「別に気を遣わなくてもいいわよ、加古川だって疲れてるのに」
「お互い様じゃないですか」
スティーラーズがその様子を見て突然電話をかけてきた。
「あ、社長。遅くにすいません、俺ですスティーラーズです。
前から申請してた俺の休みの事なんですけど姐さんたち……あ、はい、神戸さんと加古川さんです。あの二人も追加で休ましてあげられません?
ええ、ちょっと有馬の湯で疲れを抜いてもらおうかと。……はい、はーい、了解ですー。失礼しますー」
「ちょっとスティーラーズ?」
「あした、温泉行きましょ」
スティーラーズがにこやかにそう告げる。
「突然すぎて怒られそうなんだけど」
「社長がええ言うたんならええやないですか、ね?」
***
木曜日、神戸の奥座敷・有馬は小雨が降っていた。
「本当に良いのかしら」
「せやから所長さんにも許可とったやないですか」
けさスティーラーズが加古川と私のところの関係者にも連絡を入れ、もとからあった休みを含めて木金土日と有馬で過ごす算段を立てた。
スティーラーズが持ってきたビニール傘を差しながら小雨降る山間の温泉地をのんびりと歩く。
「そういえばスティーラーズ君は元から休みなんですか?」
加古川が温泉街で買った炭酸せんべいをかじりながら尋ねてきた。
「ええ、バイウィークの間にちょっとでも体の疲れを抜いとこうと思って。薬やとドーピング引っ掛かりますから温泉のほうが色々都合良くて」
「有馬なら近いしドーピングには引っかからないものね」
「そういうことです。あ、ここです」
スティーラーズが入ったのは有馬のはずれにある旅館だった。
連れていかれたのは大きめの離れで、露天風呂もついた畳敷きの部屋だった。
「ずいぶんいい部屋とってたのね」
「いつもは離れなんか高くて取りませんよ、急に人数増えることになったもんやからお宿さんがここしか用意出来んって。
あ、お茶飲んだら俺お風呂行くんで姐さんたちのんびりしててください」
お茶とお菓子を軽くお腹に収めたスティーラーズはさっさと本館のお風呂へと向かっていってしまい、残されたのは私たち二人。
年度初めの四月でしかも平日昼間だというのに、温泉と言うのは些かの罪悪感がある。
思考を巡らせていると加古川が思い立ったように「せっかくだし入りませんか」と口を開いた。
「せっかくスティーラーズ君が連れてきてくれたんですから、ね?」
「……そうね」
そうと決まれば露天風呂への入浴だ。
いつもの服を脱ぎ、ヘアメイクとともに汗も洗い流してから、温かい湯船に二人で身体を浸ける。
お湯の優しい肌触りがお疲れさまと言うように疲れをほぐしてくれる。
「こうして二人でお風呂って何年ぶりだったかしら」
加古川が小さかった頃はたびたび一緒にお風呂に入る事もあったけれど、もうここ20年ぐらいはそんなこともしていなかった。
「私が小さい頃以来ですよ」
「そうよね、あなたの身体も随分変わったものね」
「多少は成長しました?」
「ええ」
日本の鉄鋼業を取り巻く状況は決していいとは言えず、コロナ不況はまだ収まる気配を見せない。
そんな状況で張りつめていた気持ちをほどいて二人でのんびり雨音を聞く時間はやさしい。
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こべるこ姉妹のいちゃいちゃ。