「この後ご飯食べに行きません?」
ふと思い出したようにそんな言葉が和歌山の口をついた。
「ご飯ですか?」
「ちょうど昨日が新日鉄住金5周年だったでしょう、その記念です。釜石さんと呉さんにも声はかけてあります」
「……釜石が行くなら行きますけど、どこか予約でも?」
「もちろん」
和歌山はにまっと口角を上げてほほ笑んだ。
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和歌山が選んだのは都内の高級すき焼き店の座敷席であった。
海沿いに立地していることもあり、海鮮は飽きているからこその選択なのであろう。
一番の上座を与えられた釜石の横に私が腰を下ろし、その向かい側に和歌山と呉が座る。年功序列順らしい。
さっそく目の前で野菜と肉が割り下で煮込まれだす。
「ああそうだ、お酒全員ビールでいいですか?」
「おう、八幡も良いよな?」
「私もビールで」
「……自分はノンアルコールで」
「了解です」
お酒と軽いつまみを持ってきてもらい、早速乾杯となる。
特別ビールが好きな訳ではないが何となく一杯目はビールと言う妙な刷り込みがある。
「にしても、和歌山も良く覚えてましたね」
「記憶力はイイ男の必需品ですから」
冗談交じりの切り返しに「そう言うものなんですかね」とぼやく。
「ああ釜石、二杯目要ります?」
「おう、次は南部美人が良いな。呉も遠慮せんでいいぞ」
「昨日呑み過ぎを周南に叱られたばかりなので遠慮しておきます」
呉がたいそう可愛がっている女装趣味の少年の名前を挙げてそう言うので「ならしょうがないな、」と言いながら早速日本酒を注文する。
ついでに和歌山もマイペースにレモンハイを注文しており(と言うかこんな高級店にレモンハイなんてあるのか?)なんだかもう既に無礼講の気配がする。まあ、あまり堅苦しい食事会だと呉が委縮してしまうだろうから多少無礼講なほうが気楽でいいのかもしれないが。
私と釜石は先付けと前菜をつまみながら酒を飲み、和歌山は呉に周南の話を振っている。同じように愛するものを持つ間柄として聞いてみたいことでもあるのだろう。
「……うちも随分賑やかになったよなあ」
「賑やかと言うのは?」
「昔は二人ぽっちだったのに、住金連中がいて、神鋼がいて、川鉄やNKKがいて、日新もいて、お前や君津に至っては海外にまで弟子が出来て……」
「まあ昔よりは賑やかになりましたよね」
「まったく、寂しくなるのはうちばかりか」
近年の釜石は、どちらかと言えば寂しい事や哀しい事の方が多かった。
それでもあの土地に愛され必要とされて生きる存在である以上、それを裏切ることは微塵も頭のうちに無いようだった。
「……私がいますよ」
すき焼きはまだ煮えそうにない。
八幡と釜石と和歌山と呉